077.歪む空間


“passing through”


「……ううー、あーつーいー」
「そもそもまだこの辺じゃ秋になりかけだろ。って言うか向こうに較べたらまだ夏が終わってないカンジだし。だいたいそんなカッコしてくるのが悪いんじゃん」
「私が何を着ようと私の勝手! 趣味で着ているのに文句を言われる筋合いは無いわッ!」
「……でもさ、物凄い悪目立ちしてるんだけど」

 …………

 2学期の中間試験を目前にして、清麿は教室で鈴芽達の勉強を手伝っていた。
「……で、xが+3、yが-2になる訳だ」
「うん、ありがとう高嶺くん」
「じゃあこれをふまえて次はこっちを解いてみろ」
「……うん」
「高嶺ー、こっちも教えてくれー」
「ああもう、だからな……」
 実際の所は教えていると言った方がいいのかも知れない。そんな清麿自身は、図書室から借りてきた科学啓蒙雑誌を流し読みしていた。清麿にとってその内容は物足りないものではあるのだが、片手間に読むには丁度良かった。何よりたまたま手にしたそれには、非常に気になる記事があった。
 ──インフレーション宇宙論、か。
 それはこの宇宙以外にも別の宇宙──世界がある可能性を示していた。“無”とも言える空間の何処かに生じたゆらぎから宇宙が発生し、それがある種の確率で更なる宇宙を生み出して行くと言うものだった。つまり多次元宇宙や平行世界《パラレルワールド》、異世界と言ったものが絵空事ではなく、その理論によって実在が証明されるかも知れないのだ。そしてその何処かに、ガッシュ達が本来属する筈の魔界もあるのかも知れない。
 以前の清麿ならただの理論として、知識として留める程度だったかも知れない。それどころかただ読み流すだけだったかも知れない。だがガッシュと出会った事、そのガッシュが魔界と言うここではない世界で行われる“王を決める戦い”の為にこの世界へ送り込まれた事を知った為に、その理論の可能性を確かめずにはいられなくなっていた。
 ──この記事にはあまり詳しくは書かれてないし、後で図書館でも行ってみるか?
 教えながらそんな事を考えていると、廊下の方からばたばたと賑やかしい足音が聞こえてきた。
 ──……まさか、“また”来やがったのか……。
 その足音に、清麿は非常にイヤな予感を覚えた。

 …………

 ガッシュは何のためらいも無く中学校の敷地に足を踏み入れた。
 いつもならそろそろ清麿が家に帰ってくる頃なのだが、今日は学校で友達の勉強を手伝うとかで帰りが少し遅くなると言っていたので、だったら自分から清麿の所に行こうと思ったのだ。……尤も、公園に行ったらナオミちゃんが既におり、結局この日もいじめられて逃げてきたと言うのが正しいのだが。
 そんな理由もあって、今日はカバンに擬装してはいない。いつも通りのブローチでリボンを留めたマント姿で、帰途に着く生徒達が出て来る校門を抜けて、たったか走りながら校舎を目指す。バルカンはフードに突っ込んであるので、そこがちょっともそもそするけど気にしない。
 もう何度も来ているので清麿のいる教室の場所は分かっているし、そこに居なかったとしても自分の鼻なら匂いを辿れば探す事は簡単だ。何故ならガッシュは嗅覚が非常に優れていた。……但し他の魔物なら感知出来るらしい魔力が全く分からないので、突然他の魔物に襲われる事もしばしばあるのが困り所なのだが。

 他の生徒達もしょっちゅう校内に出入りしているこの金髪の子供の姿を見慣れてしまった所為か、最早誰も見咎めなくなっていた。せいぜいまたあの子かぐらいにしか思わない。むしろその子供が向かう先が“あの”高嶺の所だと言う事が最初の頃話題になったが、どうやら身寄りが無いらしい為に高嶺の所で世話になっている様だと言う事、そして林間学校の件で何処にでもついてくる事が分かった所為か、いつの間にか同情的な空気が流れる様になった。
 そんな中、ガッシュに声を掛ける生徒がいた。この日の日直で職員室に日誌を持って行く途中のマリ子だった。
「ガッシュくん、今日も来たの?」
 ガッシュは足を止めると、そちらへ振り返ると頷いた。
「ウム、そうなのだ。そうだ、清麿は教室におるのかの?」
「ちょうどスズメ達の勉強を見てる所よ。確か今数学を教えてたけど」
「そうか、ありがとうなのだ!」
「あ、ちょっと、走っちゃダメ──……」
 礼を言うなり駆け出すガッシュをマリ子は止めようとしたが、それはガッシュの耳には全く入らなかった。あっという間に教室へ駆け込んで行くガッシュの姿に、マリ子はため息を付くしかなかった。

 …………

「……あいつ、どう見ても魔物なんだけど」
「しかも堂々と入って行ったわね」
「どうするんだ?」
「つまり教授は助けた子供が魔物だって事を知らないまま息子の所に送り出した。そしたら当の息子がその子のパートナーになってしまった。あの時の話からしてもそういう事じゃない? そもそもあの教授が私に声を掛けてきたのだって、あんたが居たからだし」
「っつーか“本”があったからだろ。それはともかく、学校に本を持って来てるかが問題だと思うんだけど」
「私はどちらでも構わないけどね。とりあえずあの子が例の息子と接触するのを見極めたら言って。そこだけずらすから」
「じゃあその前に俺達もあの中に入った方が良さそうだな」

 …………

「清麿ー! 遊びに来たのだー!」
 勢いよく戸を開け放ちながらガッシュは言う。マリ子が言っていた通り、清麿は鈴芽や山中、岩島達に教科書とノートを突き合わせながら教えている所だった。
 もちろん、ここで黙っている清麿では無い。勢いよく立ち上がるとガッシュを指差す。
「お前なあ、学校は遊び場じゃないと何度言ったら解るんだ!」
「ウヌウ、良いではないかー! 公園にはナオミちゃんがいてコワいのだー!」
 そう言って駆け寄るガッシュに、山中が助け船を出した。
「まあいいじゃないか。どうせ放課後なんだから」
「そうよ、それにガッシュくんだって1人じゃさびしいもんね?」
「それを言ったらウマゴンがいるだろうが!」
「ウヌ、それがウマゴンはお昼ゴハンを食べたら本を持ってどこかへ行ってしまったのだ……」
 ウマゴンにはまだパートナーとなる人間がいない。その為か時折1匹(?)で人通りの多い所に行っては、道行く人に本を見せている事がある。つまりは恐らくそういう事なのだろう。
「だったらせめてオレが帰るまで家でおとなしくしてろよ……」
「うう、清麿はヒドイのだー!」
 肩を落としながら、清麿はため息を付いて言う。それに対してガッシュが清麿目掛けて体当たりした瞬間、

 2人を残して、教室から誰もいなくなった。

「だからことあるごとに体当たりするなと……ッ!?」
 モロに喰らってひっくり返った清麿は、頭をさすりながらガッシュに文句を言おうとして固まった。
「どうしたのだ?」
 清麿に乗っかったままガッシュは問う。だが清麿は凍り付いた表情のまま起き上がろうとするので慌てて降りると、ガッシュもその理由を理解した。
「誰もいない!?」
 そう言うと清麿は反射的にカバンから赤い本を取り出す。ガッシュは机の上に立って外を見たが、校庭はおろかそこから見える風景の何処にも人の姿は確認出来なかった。
「外にも誰もおらんのだ!」
「魔物、なのか……?」
 奇襲とも言える状況に、清麿の背中を冷たいものが流れた。


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 只今挑戦中金色のガッシュ!!

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