084.塞がれた穴


“breakdown〜real or delusion?〜”


 俺とエレンと、正気なのはどっちだろう?

 …………

 エレンがシノンの自警団に入ったのは、16の誕生日を迎えてすぐの事だった。
 自警団は村をモンスター等から守る為にあるので、入るには当然それなりの試験がある。たった1人で周囲の森を1周するというものだ。
 “試験”にしては簡単そうに聞こえるかもしれない。しかしそれは明るい昼間に行うのではなく、夕方近くになってから向かい、夜になる迄に戻って来るという代物なのだ。
 エレンが“16”という年令制限をクリアして試験をやらせろと言い出した時、流石のエレンでもそれは無理だろうと思う者が殆どだった。時間制限だけならともかく、運が悪いとモンスターに襲われる事もある。そうなると当然1周するどころではなくなる。おじい様の命令で俺が挑戦した時は何事も無く済んだのだが、俺とエレンの共通の友人であり幼馴染みであるユリアンが行った時なんかは、待ち構えていた様にあちこちからモンスターが現れて、自警団そのものが出動するハメになったぐらいだ。
 中にはそうなる事を期待する、意地の悪い奴もいた。その殆どがモンスターに出会って逃げ出し、時間ぎりぎりに戻って来た者だった。男の自分達ですらそうだったのだから、女のエレンには絶対に無理だと。
 だが、彼らの期待は裏切られた。
 エレンは、制限時間よりも遥かに早く戻って来た。不正はしていなかった。それを防ぐ為に幾つかの場所で目印になるものを残す事になっているからだ。また右手にある手斧には血が付いていた。モンスターが襲って来たので倒したのだと言った。これは後で目印と共に確認された。
 文句の付け様が無かった。これだけの実力がある者を入れなかったら、後で自分達が苦労する。もし手強いモンスターが出たら押し付けてやろう、そんな卑屈な思惑も含めて、彼らはそれを認めた。こうしてエレンは唯一の、そして初の女性自警団員になった。
 しかしそれは、エレンにとって己を鍛える為の手段であって目的では無かった。エレンの目的は1つだけだった。それは昔も今も変わらない。1日の違いで死食の影響から逃れる事が出来たたった1人の妹、サラを守る事だった。

 エレンの身体能力はずば抜けて高い。斧を振り回すだけあって腕っぷしには自信があった。事実、自警団に入ったその年の腕相撲大会では、並み居る強者共を後目に優勝してしまったくらいだ。ちなみに俺は大会前にエレンの腕試しに付き合わされ、あっけなく負けたので出るのをやめていた。元々人並み程度の腕力しかないのだから、かなう訳が無い。
 しかしそれでも、エレンは同年代の男連中からの人気は高かった。明るくて美人でそのうえスタイルもいいとくれば、例え腕力でかなわなくとも構わない、という事だろう。勿論、女の子達からも信頼されていた。そこには羨望だけでなく嫉妬も混ざっているかもしれないが、エレン自身がああいう性格でしかも恋愛事には全く興味がない事もあって、俺が見た所うまくいっている様だった。
 何にしても、エレンにとって重要なのはサラだけだった。他の事はどうでもいいとでも言うかの様に、エレンはサラを大事にしていた。サラがいる限り、エレンが他の人間に興味を持つ事は無いだろう。
 もしかすると、だからこそ誰にでも分け隔てなく接する事が出来たのかもしれない。

 大分前からエレンは、自らの肉体を武器にして戦う“体術”にも興味を示していた。エレンに想いを寄せる1人でもあるユリアンが、珍しくエレンに“お願い”されるものだからロクに話も聞かずに引き受けてみたら、投げ技の実験台にされてボロボロにされていたという事があった。しかもそれが1度や2度では無い辺りに、ユリアンの懲りなさ具合がよく分かる。俺はよく言ったものだった、“相手が誰でも、少しは落ち着いて話を聞け”と……。
 しかし実のところエレンの家系と言うのは、術士としての高い素質を持つ家系でもあった。アリステアおばさん──もとい、エレンの母親は蒼龍の、祖母は月と白虎を使いこなす術士だった。話によると他の系統も使えない事は無いらしいが、実際にそういう場面に立ち会った事は無いので本当かどうかは分からない。
 俺が実際にエレンの家族の中で術を使っているのを見た事があるのは、エレンのおじさんのステルバートさんだけだ。この人は冒険者をやっていたのでたまにしかシノンに戻って来なかったが、その時は必ずおじい様に頼まれて俺に術や武器の扱いを教えてくれた。そういう意味では“師匠”と言ってもいいかもしれない。そしてこの人は、間違い無く、同時に幾つもの系統の術を操っていた。何せ全ての1番基本的な術を、俺の目の前で実演してくれたのだから。
 冒険者だけあって帰って来るたびこの人は、あちこちの様々な話をしてくれた。まだ村の外に出る機会が殆ど無かった子供の頃の俺達はそれを聞くのが楽しみで、もうすぐ帰って来るのが分かると、その日が来るのを指折り数えて待っていたものだった。俺達はこの人が大好きだった。特にエレンは1日中べったりくっついて離れない程だった。その懐き様はサラを除いたただ1つの例外だったと思う。何よりこの人はシノンの大人達の中でただ1人、エレンに“もう少し女らしくしろ”と言わなかった。その代わり、ただエレンの思う様にやればいいと言っていた。無論、エレンはその通りにした。
 恐らく今のエレンがあるのは、この人のおかげなのかもしれない。


 ←83/84 - 2

 只今挑戦中Romancing SaGa3

 topmain menuaboutchallengelinkmail