084.塞がれた穴
“breakdown〜real or delusion?〜”
2
エレンがアリステアおばさんに注文した種をロアーヌまで、そして薬をツヴァイクまで取りに行く様に言われたのは、そんな頃だった。
「……そんな訳でトーマス、ユリアン、一緒に来てくれない?」
幾らロアーヌとの間に街道がやっと整備され、またミュルスまで行けば船も出ているといえども、確実に荷を持ち帰らなければならない以上は、どれだけエレンが強くても1人で行くのは無謀だった。
当然、俺達は引き受けた。特にユリアンの喜び様と言ったらなかった。
「行く行く行く! 絶対行く、何が何でも一緒に行く!!」
しかしエレンは身を乗り出して意気込むユリアンを片手で押し戻した。
「はいはい、分かったからそんなに近くでツバ飛ばさないでよ。それで、トーマスはどうする?」
「そういう事ならおじい様もいいって言うと思うよ」俺は少し考えてから答えた。
「でも、他には誰も行かないのか?」
「他はなし。あたしら3人だけ」
それを聞いて俺は少し不安になったのだが、後でおばさんに話を聞いたら、これはエレンの腕試しも兼ねていると言う事だった。成功すればロアーヌとその近郊の荷運びを自分達で出来る様になる。これまではロアーヌから業者を呼び寄せて頼んでいたが、その手間が省けて安上がりに済ませられるのだ。そして仕事次第ではそれをエレンに任せる事も考えていると言う。
更にそのお供に俺とユリアンを指名したのは“若者連中にも経験を積ませる”ということだった。つまりおじい様も一枚噛んでいた訳だ。勿論エレンと仲もいいし、信頼出来ると言うのもあるにはあったが。
そうして俺達はツヴァイクに向かった。
問題が起きたのはロアーヌからミュルスへ向かう途中での事だった。
きっかけはロアーヌでの出来事だった。きっと最初からそのつもりだったのだろう、おじい様はロアーヌのエージェントにこれを渡せと言って封筒を1つ俺に持たせた。そんな訳でそれを渡しに行っている間、俺は2人と別々に行動していたのだが、その時にユリアンが公園の噴水に転げ落ちていたのだ。
春と言ってもまだ水温は低い。案の定、これが元でユリアンはカゼをひいてしまった。そしてロアーヌを出る時鼻をすする程度だったそれは時間と共に悪化して、ミュルスの手前ではとうとう熱でふらふらになっていた。
仕方無くミュルスで予定外の宿を取った俺達は、この後ユリアンをどうするか話し合った。
「悪いけど、治るまでは待てないよ」きっぱりとエレンは言った。
「せ……せめて、熱が下がるまで……」
「それでまたぶりかえしたらどーするのよ。これから船に乗るんだよ? 無理してこれ以上悪くなったって面倒見らんないんだからね。そうしたら海の上だろうと森の中だろうと見捨てるよ」
「うえ〜〜、それはヤダ……」
「だってしょうがないじゃない、病人引きずってなんか歩けないもん」
「トーマス〜〜」
あまりにもつれない態度のエレンを説得するのを諦めたのか、ユリアンは助けを求める様に俺を見た。その様子に、俺は苦笑するしかなかった。
「悪いけど俺もエレンに賛成だな」
「そんなぁ……」
そして泣き出す寸前にまで顔を崩したユリアンに、俺は言い聞かせる様に言った。
「確かに、3人でも不安があるのに2人になったら本当に大丈夫かっていうのはあるよ。だけどこのままお前を連れて行ったところでもし本当に襲われる様な事になった時、間違い無くお前が足手まといになる。そうなったら3人でいても、2人でいるより危険だと思う」
「…………」
ユリアンはエレンと一緒にいたいから、どうしても一緒に行きたがるのは分かる。それにもしここで説得しているのが俺じゃなくて、他の誰か──もっと大人の誰かだったなら、ユリアンもおとなしく聞き入れたかもしれない。そう、昔エレンがステルバートさんに連れられて北部地方へ行った時の様に。
「……そうか、あれもそうだったんだな」
「へ?」
「何が?」
無意識に出て来たものをそのまま口にしてしまった俺を、2人がきょとんとした顔で見ていた。そりゃそうだろう、はたで聞いてる分には何のつながりも脈絡もないのだから。
俺は首を振ってそれを言おうとした。しかしエレンの顔を見た瞬間、何故か言ってはいけないのだと思った。
「何よ、人の顔じろじろ見て」
「……いや、何でもない」
言いながら、俺はその理由を思い出していた。その時モンスターに襲われ、ステルバートさんはエレンをかばって死んでいたからだ。それからもしばらくの間、寝静まった頃にエレンが凄まじい叫びをあげていたのを憶えている。
流石にユリアンもそれを思い出した様だった。あ、とでもいう風に口を開け、それを言おうとしたユリアンの顔に、俺は慌ててふとんをかぶせて押さえ込んだ。
「思い出したんなら分かってるだろ、こら」
「〜〜悪かったっ、でも病人なんだからやめてくれ〜〜」
そして俺がユリアンを解放したところで、エレンは言った。
「じゃ、自分で病人だって認めたところで、ここで待ってるかシノンに帰るかしなさいよ」
「うっ」
言われてユリアンはベッドに突っ伏した。
次の朝、やっぱり熱が下がらなかったユリアンはミュルスに残ると言った。
「迷惑がられてきらわれる方がヤだから残るよ。調子が戻ったらシノンに帰る。だからトーマス、オレ、お前の事信じてるからな!」
一瞬、ぶん殴ってやろうかと思った。
「……お前な、俺にエレンを襲えると思うか?」
「え、いや、だって……」
慌てて首を振るユリアンに、俺は詰め寄った。
「そういう心配するぐらいなら、帰り道の事でも考えろよ。お前はどうも肝心な所でヌケてるからな」
そこへ更に、エレンが追い討ちを掛けた。
「あとさ、帰ったらうちの母さんにちゃんと報告してよね。途中経過とあんたが帰る事になった理由」
「……分かったよ」
別れを惜しむ様子さえ無いエレンに、スネた様な口調でユリアンは頷いた。この調子だとユリアンに限らず、誰の想いも報われる事はないだろう──エレンにはその気が全く無いのだから。
乗り込んだ船が港から離れるのを見ながら、エレンは言った。
「ちゃんと戻って来られるといいね」
俺としても、面倒はこれだけで十分だった。
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