“Shadow Servant”の4章目のリライト以前のモノ。
 つまりは最初に打ち込んだバージョンってヤツです。
 それを了解の上でお読み下さい。











“Shadow Servant - 4”

 先程に比べれば遥かに穏やかな顔で眠るジャンヌを見ながら、ジルは考えた。
 ──まさかこれ程リアンに執着しているとは思わなかったな。
 シャロンからの脱出の際にジャンヌが撃たれた原因がリアンを庇う為だったと知った時から、ジルは違和感を感じていた。そしてリアンがジャンヌとして捕らえられた事を話した時の反応で、それは更に増幅された。例えその憤りがリアンが自分の身代わりにされた事から来ていたとしても、ここまでリアンの事ばかり口を付いて出て来るとは思ってもみなかった。
 それは予想外としか言い様が無かった。
 これまでのジルから見たジャンヌと言う人物は、誰に対しても平等に、且つ等しい距離感で接していた。それはジルに対しても同様だった。同じ腕輪の持ち主と言うだけでなく、副官と言う立場にあったが故に話す機会こそ多かったものの、それは同士であり副官と言うそれ以上でも以下でも無いと言う事を彼は感じていた。
 詰まる所、決して特別扱いされていた訳では無いのだ。それどころか村を焼かれて以来行動を共にしていたと言うリアンやロジェですら、彼女が贔屓している様には見えなかった。
 だが現実にはそうでも無かったらしい。本人が言う様に甘えていたと言うのならば、それに値する信頼を得ていたと言う事だ。むしろわざわざ言わなくても分かって貰えるだろうと思い込んでしまえる程、信じ切っていたと言う訳だ。
 そしてそれに気付いた瞬間、ジルの中で昏い炎が灯った。
 誰に対しても等しく接しているのならば、それでもいいと思っていた。誰の事も特別扱いしないのであれば、それで構わないと考えていた。
 だが現実は違った。ジャンヌにとってリアンはかけがえのない存在だったのだ。そしてそれはジルにとって許し難い事だった。
 ジルはジャンヌに英雄として孤高を保っていて欲しかったのだ。凛として、ただひとつの目的の為に邁進し、迷いはしても決して振り返らない。そうして皆を引っ張る存在であって欲しかった。他の事に心を奪われて欲しくなかった。あくまでも理想的な英雄の姿を見せ続けて欲しかったのだ。
 そうでなければ、彼の中で眠る怪物がいずれ覚醒して乗っ取られる様な気がしてならなかった。現に今もそれは魂の奥底にある闇の淵から囁きかけ、彼に飢えと渇きをもたらしている。
 ジルは自分が本来どういう人間なのかを自覚していた。子供が戯れに虫を捕らえその足を、翅をむしる様に、純粋で未だ汚れを知らない様な者の腕を足を落とし、臓物を抉り出す事に快楽を覚える。それも簡単には死なない様に苦痛を長引かせ、その顔が絶望に歪む様を愉しむ。それが自分の本質なのだと言う事を知っていた。
 処が不思議な事に、ジャンヌと共に戦場を駆ける様になってからそう言った欲求が静まった。それまでどれだけ敵を倒したところで、収まるどころか却って飢えが酷くなっていたにも関わらず、だ。そしてその感触はオルレアンを解放する頃には確信に変わった。
 そうして彼女の存在だけが、この忌むべき性から解放してくれるのだと考える様になった。彼女が戦場に立ち続ける限り──理想の英雄であり続ける限り、自分は人間でいられると。出来る事ならジルは怪物になりたくなかった。人間でありたかった。
 適うならば、彼女が目指す遥かな高みへ共に歩んでいきたいと願っていた。
 だが同時に彼女により近付きたいと思う心が、怪物を別の形で目覚めさせるのではないかと言う不安もあった。彼女は決して汚れを知らない訳ではないが、祖国を救うと言うその一点に於いて非常に純粋だった。故に気高く、美しい。
 だからこそ、眠っていた筈の怪物の血が騒ぐのだ。この無垢なる者の身体に爪を立て、皮を裂き、血を啜り、肉を食み、全てを我が物とすればいいと唆す。
 しかしそんな事を出来る訳が無かった。一時の欲求に従うのは容易いが、以後永久に襲ってくるであろう飢えに耐えられるとは思えなかった。彼女の生死が分からなかった間ですら、あまりもの不安で気が狂う程だったと言うのに。
 再び彼女がいなくなる様な事は避けなければならない。自らの手で壊すなどもってのほかだ。そしてジルは自分に言い聞かせる。
 迂闊に触れてはならない。
 汚してはいけない。
 距離を保て。決して近付き過ぎるな。
 最早自らを厳しく律するしかなかった。欲求に従ったが最後、破滅しかない事が分かっている以上、それ以外に道は無い。
 だが本音を言えば、先程起こした時に掴んだその手を離したくなかった。誰にも告げずに彼女を探しに来た事にしても、本当に死んでいた時に皆を落胆させたくないと言う以上に、生きていようが死んでいようが誰よりも先に自分がその姿を見付けたかったからだ。そしてそんな己の姿を誰にも見られたくなかった。
 彼女の腕を掴んだ手を握り締める。その感触はまだ残っていた。剣を揮う為の筋肉のついた、だが華奢で柔らかな腕の感触。
 ジルは握った拳を額に当てた。そして祈るように願う。
 ──多くは望まない。共に戦場を駆ける事が出来ればそれでいい。だから、誰も彼女を奪わないでくれ。
「俺にあなたを壊させないでくれ……」
 音を立てて炎がはぜる。舞い上がった火の粉が空へ向かう。
 その晩、再びジャンヌがうなされる事は無かった。








 ……とまあ、割合にダーク寄りだった訳ですよ、最初の予定では。史実の方の影響を受けてこうなったんですがね。
 でも微妙にヲトメ入ってる事に変わり無い訳ですが。ジルが。
 結局エンディング見て没にしたんだけど、折角だからとこっちに出してみた辺り、まだこのバージョンにも未練はあるんだよなー。
よんだよ


 junk yard