“1/100〜ある1組の魔物と人間の話〜”



 退院の日、女の人に会った。
 パジャマ姿だったのですぐに入院患者と分かったのだが、廊下を行き交う他の患者や看護婦、医師と比べてきょろきょろしていて何だか落ち着かない様子だったので妙に目立っていた。そしてついその様子を見つめてしまっていた俺の視線に気付いたのか、その人は俺の方に振り向くと俺に声を掛けて来た。
「ねえ君、真っ白い髪の男の子を見なかった?」
「いや……見てませんけど?」
 白子とかいうヤツなのかと思いながら、しかし俺は首を振った。そんなヤツ、1度見てればそう簡単に忘れる様な事は無いだろうからだ。
「そう……しょうがないなぁ」
 だが本当に困っている様だったので探すのを手伝おうかと言いかけたその時、俺と同室の入院患者の勇太が車椅子を漕ぎながら現れ、言った。
「ミュー、フーヤが探してたぜ」
「え、うそ!?」勇太に言われて、どうやらミューと言うらしいその人は驚きの声を挙げた。「どこ? どこで探してたの?」
「下のエレベーターの前だよ。病室に戻ったらいなくなってたからって言ってたぜ」
「ええ〜、こっちもいないから探してたのに〜……」
 そう言いながら情けなく崩れたミューの顔を見て、俺はふと水野を思い出した。一昨日、俺のひと言に怒った勇太がガッシュの赤い本を隠した時に、タイミングよくそこにいたので探すのを手伝ってくれる様に頼んだのが、しかしその後水野は俺の病室まで戻って来る事が出来ず、結局看護婦の人に手を引かれて連れて来てもらっていた。……とにかく、その時の水野の顔にそっくりだった。
 そしてどうやら立ち直りの早さも水野並みの様だった。ミューはすぐに気を取り直すと、仕方無いとでもいう風に肩を竦めた。
「……まあ、いいか。ありがと勇太、それじゃ行ってみるね」
 ミューはそう言って階段へ行こうとしたが、そのセリフにどうにも不安を感じた俺は呼び止めた。
「あの、それより病室に戻った方がいいんじゃないか?」
「え?」
 それは言われた通りにエレベーターまで行ったとしても、すれ違いになってしまったらまた同じ事を繰り返すだけだからだ。俺がそう言うとミューは納得してくれたらしく頷いた。
「そうだね、その方がいいかもしれないね。君もありがと」
 にっこり笑って礼を言うとミューはそのまま階段を降りて行き、それを見送ると俺は勇太に少し気になったことがあったのでそれを聞いてみた。
「なあ、今の人って、ハーフかなんかなのか?」
「は?」
 だが勇太は怪訝そうに首を傾げたので、俺はそう思った理由を言った。
「ミューなんて呼ばれてるわりには日本人にしか見えなかったからさ」
「何だ、そんなコトかよ」面白そうにニヤリと笑うと勇太は言った。「あれはみんなちゃんと名前が言えなくてそうなるからだって聞いたぜ」
 勇太は半年も入院しているだけあって、その間に他の患者達とも知り合いになっていたらしい。今の女の人、ミューは橘美柚と言って内科に通っていると言う。何でも検査の為に昨日から入院していて、今探していた男の子とは良く一緒にいるのだそうだった。
「一緒になあ……」
 その言葉に妙な引っ掛かりを感じたので繰り返すと、思い出した様に勇太が聞いて来た。
「そういや、お前今日退院なんだろ? ガッシュはどうしたんだ?」
「どこに行ったんだかなあ……」
 ガッシュの行き先を考えて、俺は思わず遠い目になった。最後にもう1度探険して来ると言って病室を飛び出して行ってから、もう2時間は過ぎていた。昼には病院を出るのでそれまでに戻って来る様には言っておいたとはいえ、もし戻って来ないようなら呼び出してもらうしか無いと思うと、最後まで騒ぎのタネになってしまう事につい気が重くなった。

 …………

「ミュー!」
「フーヤ!? どこ行ってたのよ、探したんだから」
「そりゃこっちのセリフだよ。そんなコトよりミュー、ここにオレと同じヤツがいる」
「同じって……まさか」
「オレ達に気付いてるかどうかは分からない。それにまだ姿を見てないからな……でも多分、昨日だかおとといだかにリネン室の天井をぶち抜いたバカってのがそれかもしれない。とにかく、人間とは違う気配がするんだ。今ここにもそれと似た様なカンジが残ってるから、もしかしたら近くにいる…のか、も……」
「フーヤ?」
「あいつだ……今走ってった、あいつだったのか……ガッシュ!!」

 …………

 院内をぐるっと回るだけのつもりがそのままロビーで他の子供達と戯れてしまったガッシュは、ふと目に付いた時計を見て清麿が“昼には出る”と言っていた事、そしてそれが2本の針がどちらも真上を指す時までには戻って来いと言っていた事を思い出した。
 慌てて立ち上がったガッシュは子供達に別れを告げると、急いで清麿の病室へと戻るべく猛然と走り出した。エレベーターは使い方がまだよく分からないので、とにかく階段をひたすら駆け上がった。看護士のおばさん・お姉さん達の怒声が聞こえて来ても足を止めなかった。止められる訳が無かった。一昨日自分の赤い本を探して病院中を駆けずり回った時、その恐ろしさを嫌と言う程理解したからだ。
 しかし5階まで上がった所で、挟み撃ちにするべく先回りして6階の方から現れた看護士が、そして前に見える廊下からも更にガッシュの方へ向かって来る看護士の姿が見えたので、ガッシュは反射的に右へ曲がった。
 誰かに呼ばれたのはエレベーターホールの前を駆け抜けた時だった。思わず立ち止まって辺りを見回すとパジャマ姿の女の人と、真っ白な髪をしたガッシュより少し体の大きい男の子がガッシュを見ていた。
「お前、ガッシュだろ?」
 どうやらガッシュを呼んだのはこの男の子の様だった、ガッシュは小走りで2人の方へ駆け寄るとその前に立ち、言った。
「いかにも、私はガッシュ・ベルである。お主、私を知っておるのか?」
「は?」男の子は呆れた様に口を開いた。「オレはフーヤってんだけど……覚えてないのか?」
 ガッシュはしばしその顔をじっと見つめ、首を傾げ腕を組んで考えたが、記憶の引き出しからは何も出て来なかった。
「すまぬが、思い出せんのだ。どこで会ったのか教えては貰えぬか?」
 だがそう聞くと、フーヤと名乗った男の子はため息を付くと、首を振った。
「いいや、こっちも大した用じゃなかったしな。それより、急いでんじゃないのか?」
 それは単に話題を変えようとする様なものだったかもしれないが、しかし丁度2人の影になって見えなかったらしいその姿を見付けた看護士達の声が耳に入って来た事でガッシュは自分が逃げ回っていた事を思い出した。
「おお、そうであった! 思い出せなくてすまぬが、失礼するぞ!」
 ガッシュはそう一礼すると、再び清麿の病室へと走り出した。……怒れる看護士達の手から逃れながら。

 …………

「いいの? 見逃しちゃって」
「こんな所でバトルするほどバカじゃないさ。それにミューがそんな調子なのに、無理するわけにはいかないだろ」
「心配してくれてるんだ」
「……向こうからケンカを売られたってんじゃないんだ、どうせやるならこっちが万全な状態になってる方がいいだろ。それにいくらあいつが向こうでオチコボレだったからって、こっちに来てどんな力に目覚めたか分からない。何しろ、オレは慎重だからな」

 …………

 ガッシュが病室に戻って来たのは、看護士さんにローブのフードを掴まれた状態でだった。
「全く、最後まで手間を焼かせないでくれます?」
「…………」
 何と言うか、俺は呆れて何も言えなかった。何でもこの下の階まで全速力で駆けて来たのだが、とうとう6階に上がった所で捕まってしまったらしい。隣のベッドでそれを聞いていた勇太が爆笑していたのは言うまでも無い……。

 そして、俺は退院した。


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