“1/100〜ある1組の魔物と人間の話〜”



“ミュー!!”
“何だ、大したコトなさそうねぇ、もうダメなんじゃない?”
“一気にケリを付けるぞタルガ、ラージア・グールド!”
“……だからってこっちが負けるなんて思わないでよ……フーヤ!”
“おう”
“グラン・ゼーレ!!!”

 …………

 それからしばらくしてやっと勇太が退院すると言う話を聞きつけたガッシュの提案で、俺達は病院へ行った。
 久し振りに会った勇太はもう車椅子に乗らなくてすむ様になっていたが、それでも流石に松葉杖だけは手放せないと言う事だった。
「まだしばらくはリハビリに来いって言われたよ。でもこれで、やっと外に出られるぜ!」
 明るい声でそう言う勇太に、俺の隣でガッシュが頷いた。
「うむ、そうだな!」
「それでまた転んでケガするなよな」
「るせ!」
 俺のセリフに勇太は悪態で返す。でもそこに前の様な暗さは無くなっていたので、これなら多分大丈夫だろうと安心した。……ただ、ガッシュの“口から電撃”を真に受けちまったままというのが不安だったが……。
 そんな事を考えていると、新たな見舞客が勇太を呼んだ。
「勇太、いる?」
「ミュー!」
 聞き覚えのある声に俺も振り返る。そこにいたのはいつかの女の人、あの時に比べて顔色が白い気はするものの私服姿のミューだった。そしてその隣には真っ白な髪をした、ガッシュより少し大きい子供がいて、きっとこれがあの時探していたフーヤというヤツなのだろうと俺は判断した。同時に、あの時勇太から聞いた話で感じた引っ掛かりを思い出した。

 2人はよく一緒にいると言う。
 その2人は病室に足を踏み入れた瞬間、勇太ではなく俺達、俺とガッシュの方を凝視した。

 だがそれは一瞬だけだった。フーヤはミューを見て、ミューはすぐに目的を思い出したのだろう、勇太に向かって何事も無かったかの様に言った。
「退院、決まったんだって?」
「ああ、やっとな!」
 幸い勇太は異常に気付かなかった様だ。そのまま俺達にしたのと同じ話をミューにして、ミューも勇太のベッドの方へ行ってそれに相槌を打った。しかしフーヤは病室の入口から動かず、警戒する様に俺達を見つめていた。
 やがて、フーヤはガッシュに話し掛けて来た。
「よう、何か思い出せたか?」
 ──何だと?
 フーヤのセリフに、俺は思わず耳を疑った。嫌な予感が頭を駆け巡る。
 ……ところが、ガッシュのヤツはあろう事かすまなさそうに頷きやがった。
「……うむ、残念だが、まだ思い出せんのだ」
「ま、しょうがないな。意外と何かのはずみで思い出すかもよ。……」
 その会話に、俺はついガッシュとフーヤを見比べた。だがその様子からすると、単に俺が入院している間に仲良くなった子供の様には見えなかった。
 そしてそんな俺の様子に気が付いたのか、今度は俺に向かってフーヤは言った。
「話があるんだ、いいだろ? ミュー、あとで屋上に来てくれよ」
 ミューにも言うだけ言うと、フーヤはこっちの返事も聞かずに病室を出て行くので、俺は仕方無くそれに付いて行った。

 …………

 その声にガッシュが病室の入口の方を向くと、いつか見た気がする2人組がそこにいた。
「よう、何か思い出せたか?」
 真っ白な髪の男の子にそう言われて、それが清麿の退院の日に声を掛けて来た者だと思い出した。だが今の今まですっかり忘れていたので思い出している筈も無く、ガッシュはしまったと思いながら頭を掻きつつ謝った。
「残念だが、まだ思い出せんのだ」
 しかし男の子──確かフーヤと言う名前だった──の方はそう答える事を予測していたのか、気にするなとでも言う様に肩を竦めた。
「ま、しょうがないな。意外と何かのはずみで思い出すかもよ。それにオレもそんなに話したことがあったワケじゃないし」
 そう言うと、フーヤは清麿の方を向いて言った。
「話があるんだ、いいだろ?」
 フーヤは清麿にも用があるのかと思いながらも、ガッシュはあまり深く考えずに病室から出る2人に付いて行った。

 …………

 屋上に出る階段にはロープが張られ「立入禁止」の札がぶら下がっていたが、フーヤはそれを気にする事無く先へ行くので、俺は止める気にもなれなかった。そもそも、そんな札が下がっている原因は、勇太を助けるためにリネン室の天井をぶち抜いた俺達なんだろうが……。
 そしてやっぱり、フーヤの話と言うのもそれの様だった。囲む様に立てたポールにロープが張られ未だに修理されてなかったその穴、それを指差しながら聞いて来た。
「これ、あんたらがやったのか?」
「うむ、そうだが?」
 付いて来ていたガッシュが頷く。だが俺は予感が確信に変わるのを感じて、反射的に身構えた。
「……お前、やっぱり」
 イヤでも声が引きつるのが分かる。無意識に本を入れてあるナップザックの肩ひもを握る手に力が入る。
 同時に俺は落ち着けと、自分に向かって言い聞かせた。フーヤがガッシュと同じく魔物の子供だったとしても、何が何でも戦わなければならないとは限らない筈だ。……それがただの俺の希望的観測だったとしても。
 しかしフーヤは、まるで俺の心を見透かしているかの様に言った。
「そう構えるなよ、別に何もしないからさ。ただ、確認だけしときたくてね」
「確認?」
 俺が聞き返すとフーヤは頷き、続けた。
「先に言っておくと、今のオレはあんたらに限らず誰が相手でも戦う気はない。多分もう、あんたはオレが何者でオレの本の持ち主が誰なのかまで気が付いてんだろ?」
「あの、ミューって人か……」
 そんな気がしていたとは言え、俺は茫然として呟いた。すると不意に、ガッシュが口を開いた。
「お、お主……お主も、魔物だったのか?!」
 ──今まで、気付いてなかったのかよ……
 ガッシュが魔物の気配に気付けないのはいつもの事とは言え、やっぱり呆れて肩を落としてしまう。だがふと、今のフーヤのセリフに対して俺は別の事が引っ掛かった。
「待てよ、相手が誰でもってどう言う事だ?」
 それは戦いを放棄すると言っている様なものだった。俺達にしてみれば確かにありがたいのだが、それでは好戦的な相手と出会った時はどうするんだ?
 俺がそう聞くと、フーヤは眉をしかめて答えた。
「それが問題なんだよ。今のミューは体が弱ってて、呪文を撃つのに必要な心の力があっても、それに体が耐えきれないんだ。このまま呪文を使い続けたら、ケリが付く前にぶっ倒れるに決まってる」
「だけどさっきのカンジからすると1度は退院したんじゃなかったのか? だったら、」
 ところが俺がそう言いかけた途端、フーヤの顔から余裕が消えて陰が差し、そして吐き捨てる様に言った。
「退院したからって、何でも無いワケじゃないことだってあるだろ」
 フーヤはそこで一旦言葉を切り、少し間を置くと続けた。
「こないだガッシュに会った時だって、検査のための入院だったんだぜ? それに目に見える様なモンじゃないんだ、もし誰もが予想外の所に見落としがあったら……」
 その言葉に、俺は非常に嫌なモノを感じた。もしそれが放置すると死んでしまう様な病気だった場合、そして見落としが分かった時にはもう既に手後れだったとしたら?
「おい、まさか」
「今日だって、朝から検査のために来たんだ」
 俺のセリフをさえぎって、フーヤは言った。「結果はまだ聞いてないけど、オレには分かる。多分、もう遅い」
「だから、戦えないって言うのか……」俺は思わず空を仰いだ。
「……オレだって、せっかく王様の候補に選ばれたんだから、最後まで勝ち残りたいさ」
 フーヤはうつむいて、だが握り拳を両手で作っていた。そしてやり場のない怒りをぶつけるかの様に、顔を上げると俺に掴み掛からんばかりの勢いで言った。
「だけど今でさえ呪文を1発出しただけで倒れそうになるんだ。いくら心の力に余裕があっても、オレの今の最強呪文なんか使ったら本当に倒れちまう。魔物との戦いと関係無いタイミングでパートナーが死んだら本がどうなるか分からないけど、もし最後まで勝ち残れたとしても、呪文を使いすぎたせいで死ぬのが早まったなんてコトになったら、後味が悪すぎるじゃないかよ!」
 それだけ一気に言ったせいだろう、フーヤは肩で息をしていた。俺はどう声を掛けたらいいのか分からなかった。……しかも、問題のミューが現れたとなれば。

 …………

“ミュー、しっかりしろ!”
“あいつらは……”
“本なら燃やしたよ、そんなコトより……おい、ミュー?!”
“…………”
“ミュー!!”


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