001.紫煙


“桜泉堂二代目店主の日常”

 <遠来>《ファーレン》では、煙草は禁止されている。
 別に、レドリックは<地球>《アース》にいた時も愛煙家と言う訳では無かった。むしろ普段は全く吸わない方だった。しかしごく稀に無性に吸いたくなる事があり、そんな時はどういう訳か1日で1箱2箱平気で空けてしまう。そして今、正にその状態に陥っていた。
 祖母の遺言で店を継いで1か月、過去のパターンからしてそろそろヤバイと思っていたところではあったが、実際にそうなると対処のしようが無い。遺言があるからと言うだけで無く、少なくとも最低5年は<遠来>から離れる訳にはいかないので、煙草の為だけに<地球>へ強制退去させられては困るのだ。
 どうしてくれようか、そんな事を思いながら地下室へ降りる。地下には店に並べる前の本や訳あって出せない本等を納めた書庫があり、その一角に<地球>から持ち込んだ荷物の一部がまだ封をしたまま放置してあるからだ。要はそれを片付ける事で気を紛らわそうと考えたのであった。
 半ば虚ろな気分で封を破り、箱を開ける。そこにはモノを書く時の資料にするつもりで持ち込んだ<地球>の本やROM、雑貨、小物が入っている──筈だった。

 しかし、何故か中には<地球>の煙草がぎっしりと詰まっていた。

 開けた瞬間、レドリックは目を疑った。目をしばたたかせたりこすったり、何度か蓋を開け閉めしたりもしたが、当然中身が変わる事は無かった。だが手を伸ばしてその中身に手を触れた瞬間、本当は何も変わっていない事に気が付いた──ただ視覚情報がすり替えられているだけなのだと。
 そして、レドリックはこのテのイタズラをする相手に心当たりがあった。恐らくは姿を消して見物しているであろうその相手に向かって、意味が無いと分かっていてもドスの効いた声で呼び掛けた。
「……おいコラ、ひと仕事終わってヒマになったのは分かったから元に戻しやがれ」
 すると何処からくつくつと笑う声が微かに流れて来たので、レドリックはその声のする方へ勢い良く振り返る。案の定、背後の本棚の上に座ってこちらを見下ろす精霊の姿が現れた。
「ユージュ、やっぱりお前か……」
 予想通りの相手に、レドリックは妙な疲れを感じながらその名を呼んだ。
「なぁんだ、やっぱりすぐバレちゃったかぁ」
「当たり前だ!」
 悪びれもせず、けらけらと笑いながらの<悠樹>《ユージュ》のセリフに半ギレ状態になってレドリックは言った。
「幾ら冗談でもタチが悪すぎるぞ、お前だって分かってんだろ」
「ゴメンゴメン、だって久しぶりに顔を見に来たのに何もしないのはつまんないからさぁ」
「つまんないでヤバいモノを見せるな!……ったく」
 頭を掻きながら大きくため息を付く。そして蓋を閉めて立ち上がると、改めて<悠樹>の方へ向き直った。
「とにかく、俺にここにいて欲しいんだったら2度とこういう事はするなよ。幾らお前らが人間の法律に縛られないったって、俺はそういう訳にはいかないんだからな」
「はーい」
 しおらしく<悠樹>は頷いたものの、次は確実に別の形でイタズラを仕掛けて来るだろう事がレドリックには容易に想像出来てしまった。だが1番の問題は、タダでさえ精霊を始めとする“人間ではないモノ”が日常的に姿を見せるこの<遠来>でも数少ない、それらがいつでも誰にでも見えるこの街で、特にそんなイタズラ好きな連中が妙に集まって来るこの家、この店そのものなのだ。そして何故か、そういった者達に懐かれてしまうレドリック自身にも。
 ──恨むぞ、ばーさん。
 心の中で愚痴りながらも、強くなるばかりの煙草への欲求で更に苛立ちが募る。かと言って荷物を片付ける気も失せてしまったので、仕方なしに店へ上がる方の階段に足を向けたのだった。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

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