012.籠の中


“in the daydream〜やがて彼女は勇者と呼ばれ(side-e)〜”

「いつまでも甘えてるんじゃないわよ!」
 それが、彼女の第一声でした。
「女1人助けられないからって自分1人だけが不幸だなんて顔してるんじゃないわよ! 助ける方法があったのに! それを実行しなかったクセにカッコばっかり付けてんじゃないわよ!」
 一気にまくし立てながら、彼女は手にしたその不思議な武器──彼女はそれを“銃”と言いました──でアーウィンに一撃を与えます。魔法のような“間”も無く、そして弓よりも速く、構えた次の瞬間には耳をつんざくような音と共に相手にダメージを与える驚異の攻撃、それは先制には十分過ぎる程の威力でした。勿論、それを見るのはこれが始めてのアーウィンは驚きながらも、それ以上に怒りの篭った視線を彼女に向けました。
「あら、流石に1発じゃ倒れないみたいね」
 ですが、彼女はその視線をものともせずに、肩よりも長い金色に煌めく髪を後ろへ払いながら軽い口調でそう言ったのです。その場にいた私、エレはアーウィンのその姿を見ただけでもう恐ろしくて体が動かなかった程だと言うのに。
 その上彼女は更にけしかける様にこう言いました。
「力さえあれば何でも出来ると思ってるみたいだから、逆に力でねじ伏せてあげるわ。貴方には何の恨みも無いけど、貴方みたいな人って見ているだけでもハラが立つのよ」
 そして私にとっては追い討ちを掛けられる気分にさせられる、その地の底から響いてくる様な声でアーウィンは言いました。
「……貴様……お前などに何が分かる……っ!」
「分かるワケないじゃない! 助けようと思えば助けられたクセに何もしないで、だったら世界を壊せばいいなんて甘えてるのもいいトコだわ! そんなコトに巻き込まれたこっちはいい迷惑よ!」
「ふざけるな……ッ!」
 咆哮と共にアーウィンがその姿を更に禍々しく変化させます。そしてそれが、その戦いの合図でした。

 結果から言ってしまえば、私は殆ど何もしませんでした。
 ひたすら彼女の後ろにいて、時折魔法を放つだけ。それすらも、彼女の攻撃に比べたら微々たるものでした。それ程までに彼女の攻撃は凄まじく、同時に幾つもの武器を操る彼女の姿は、まるで戦神の様でした。そしてアーウィンも私の事なんか目に入ってなかった様で、攻撃するのは彼女にばかり。もしかしたら私の事を人質に取って彼女を脅せば違う結果になったのではないかと考えたりもしましたが、それをしなかった──むしろ出来なかった所に、アーウィンと言う人の性格が現れていたんだと今では思います。
 やがて地鳴りの様な音を立ててアーウィンが倒れ、戦う前の姿に戻ります。それを見て力が抜けた私は、そのまま地面にぺたりと座り込んでしまいました。
 ですが、彼女はゆっくりと、でもしっかりとした足取りでアーウィンに近付いて行きました。そしてかちり、と音を立てて彼女はあの武器をアーウィンに向けたのです。
「……とどめを刺すならさっさとやれ」
 そう話すアーウィンの声にはもうあの威圧感は無く、ただただ穏やかでした。それに対して、彼女の方はこれが彼女の声かと思う程にいつもの明るさは無く、何処までも無機質でした。
「その前に、ダナエとエスカデにもした話を貴方にもしてあげる」
「……手短に頼む」
「“復讐ってね、結局は自分のためのモノなのよ”」
「…………」
「マチルダを囲う檻から解放するためって言いながら、貴方の存在を許さない奴らに対して破壊と言う行動に出た、そう言う意味では貴方は間違ってはいないわ」
「……何が言いたい」
「だから本気で復讐したかったのなら、マチルダを理由にするべきじゃなかったのよ。そして本気でマチルダを助けたかったのなら、全てを犠牲にしてでも──そして本人がどれだけ嫌がったとしても、その為の行動に出るべきだったのよ。
 だけど貴方はそのどちらもが中途半端だった。だから、どちらもやり遂げる事が出来なかったの」
「…………」
「…………」
「……あの2人にも同じ話をしたと言ったな」
「ええ」
「ならばその後、2人はどうしたんだ?」
「エスカデは、結局規則やしきたりと言ったしがらみから逃れる事が出来なかったみたいね。だから“聖騎士である事”を理由って言うか、建前にしなければ貴方の前に来られなかったみたい。……本気になれば私より強かったのにね。
 ダナエはむしろマチルダに説得されたようなものかしら。だけど最後は“自分のために”行動したから貴方を追って妖精界へ行ったんだと思うわ。貴方も会ったでしょう?」
「……ああ」
 そして2人は黙り込みました。彼女は私に背を向けており、またアーウィンも仰向けに横たわっていたので、私の方から2人の表情を窺う事は出来ません。彼女は何をするつもりだろう、アーウィンはどうするつもりだろう、そう思いながらも、私はただ2人を見ている事しか出来ませんでした。
 しばらくして──いいえ、本当はほんの僅かな時間だったかもしれません──再びアーウィンが口を開きました。
「……俺は、死ぬのか……?」
「……そうみたいね」
「…………」
「何か、言い遺す事はある?」
「……もし生まれ変わったとしても、俺は悪魔として生まれたい。そして──……」
「この世界を作る“檻”を壊したい?」
「……そうだ」
「じゃあもしその時まで私がここにいたら、全力で阻止してあげるわ」
「……楽しみだな、それは」
 そして彼女の手のあの武器から再び轟音が響き、アーウィンから血が噴き出しました。──鮮やかな、夕焼けよりも赤い血でした。

 …………

 これが私の知っているアーウィンの最期です。そしてこの出来事を経て、彼女は後の世の人々から“ルシェイメアの復活を阻止した勇者”と呼ばれる様になりました。ですがそれは今、人々の間で“1人の”英雄として知られる、本当は3人いた人達の中の1人の物語なのです。
 今だから言える事ですが、あの時の私は何故自分があそこへ連れて行かれたのか分かりませんでした。何故ならこのアーウィンとの戦いに限らず、そこまでの道のりでさえ、私は殆ど役に立たなかった。そもそも魔法を撃つのも無我夢中で、効果範囲の中に敵がいないのがむしろ当たり前だったのです。
 それで私はこの出来事からしばらくして、彼女に直接聞いたのでした。それは彼女が今では私の住み処となった鳥カゴ灯台にやって来た時の事です。
 彼女は私の問いに対して、不思議そうな顔をして答えました。
「だって、1人じゃさみしいじゃない?」
 実際、彼女はいつも“誰か”と一緒にいました。この時も、やはり後の伝説の中で“珠魅の救世主”として語られる事になる男性と一緒で、彼は私達が話している間、フラメシュにちょっかいを出しては海に突き落とされたりしていました(ちなみにリュミヌーはそれを見てけらけら笑ってました)。
 でもそれだけなら、わざわざ私を連れて行く必要は無かった筈です。私は彼女にそう聞くと、彼女は今度は逆に真剣な眼差しを私に向けて言ったのでした。
「エレだから連れて行ったの。わざわざこんな所に閉じこめられてまで1人になろうとしたから」
 更に彼女はこうも言いました──自己犠牲を美しいと思うのは自ら進んでそれをしようとする者だけだと。本人はそれで全てが救われると思っているかもしれないけれど、周りの者達からすれば自分達が哀しむ事を考えていない、自分勝手な行動に見えるのだと。そしてそれはまさしく、彼女達と出会ったばかりの頃の私そのものだったのです。
 だけどやはりこの時の私にはそれ以上の事は分からず、そろそろ帰らないと遅くなると言う2人を見送るしかありませんでした──そしてそれが、私が彼女達を見た最後となりました。そして彼女が私をルシェイメアに連れて行った意図を理解出来たと──少なくとも私がそう思えるようになったのは、つい最近の事なのです。
 それに気が付いたのはルシェイメアの朽ちかけた体内を巡りながら、事情がよく分からない私の為に彼らの話をしてくれた事、それを思い出した事からでした。彼らも小さい頃は仲が良かった事。それが成長するにつれ、自分達の周りにある見えない“檻”に気付き始めた事。その“檻”がマチルダやエスカデ、ダナエの家柄や血筋であり、アーウィンの体に半分だけ流れていた悪魔の血と言った古いしがらみから出来ていた事。そしてマチルダがそこから逃れて自由を求めた事から、彼ら4人は生きる道を完全に違えてしまった事。それら全ての話が人から見たり聞いたりした話だと言いながら、彼女は丁寧に話してくれました。そしてそれでも自分の思う道を貫いて、例え最後に昔は仲の良かった友達と殺し合う事になると分かっていても、その道を進むしかなかった事を。それ以外の選択肢を本人達が拒否してしまった事を。
 だけど彼女は「本当は止めてやりたかったんだけど」とも言っていました。何故そうしなかったのか、と聞くと、彼女はただ「何もかもが遅すぎたから」とだけ言いました。そしてそこまで思い出した所で、やっと気が付いたのです。
 彼女は私に見せたかったのです──あの元は幼なじみだった4人の生き様を。この灯台の囚人となる事を甘んじて受け入れた私とは全く対照的な生き方をした人達、だけどその為に最悪の選択をしてしまった人達の姿を見せたかったのだと思うのです。それは酷く逆説的ではあるけれど、それがどれだけ難しい事であっても自由を求める心を忘れないで欲しかったのだろうと。私をここに閉じこめる為のモンスターを倒したあの時、リュミヌーと一緒にこう叫んだ彼女の事だからきっとそうに違いありません。
「生きるために必要な事を禁止するなんて誰にも出来無いの!」
 ──と。
end
よんだよ


 ←11/13→

 只今挑戦中あとがき?

 聖剣伝説Legend of MANAin the daydream

 topmain menuaboutchallengelinkmail