019.魚眼レンズ


“right staff”

「ちっくしょー、かなわないなーっ」
 そう言ってバッツが床の上に大の字になって転がる。だがそのセリフに反して口調も転がり方も微妙に楽しそうだったので、そんなバッツに半ば呆れた視線を送りながら、フリオニールは言った。
「戦闘中によそ見なんかしているからだ。これがイミテーションやカオス側の奴らだったらどうする?」
「本番じゃないからよそ見出来るんじゃん」
 フリオニールが差し出した手を掴んで立ち上がりながら、しれっとしてバッツは言った。
「お前なあ……」
 今度こそ本気で呆れてそんな事では、とフリオニールは続けようとしたが、先にバッツが口を開いた。
「カオス側の連中は実際に戦うしかないけどさ、イミテーションの中にはこっちのみんなをコピーしてるのがいる訳だし、だったら時間のある時は練習出来るみんなと手合わせしといた方がいいじゃん?」
「それは……そうだな」
 フリオニールがその言葉に頷くと、バッツは更に続けた。
「それに手合わせする回数が多くなれば、みんなの技を出すタイミングを見切りやすくなるからさ、それだけ生き残る確率も上がるしな」
「見切る?」
「あれ、知らない? 相手の技を出すタイミングとか行動パターンとかを先読みして、避けたりガードしたりするんだよ。状況次第ではそのスキを付いて攻撃したっていいし」
「いや、知ってはいたが」フリオニールは言った。「まさか、お前がそこまで考えていたとは思わなかった」
「うわ、ひっどいなー。おれだってちゃーんと考えて行動してるんだぜ?」
「そのワリにはあっさり敵の罠に掛かってた様だがな」
「ううっ」
 痛い所を突かれて、バッツは胸を貫かれたかの様なポーズを取る。その様子にフリオニールは苦笑しながら、この年齢より遥かに幼い言動をする青年が、ティナとは違う意味で底の知れない能力を持っているんじゃないかと思い、思わず身震いした。

 フリオニールからその話を聞いて、ジタンとスコールも大きく頷いた。
「俺も同じ事を感じていた。あいつは俺達の技を見るだけではなく、身体で覚えて真似るんだと言っていたが……」
「まあ、考えるより先に身体が動かなければならない以上は当然だがな」
 そうでなければ戦場では生き残れない。フリオニールは反乱軍での経験的に、スコールは傭兵としてそれを学んだ。
 しかし当の本人はそんな殺伐とした経験を全く感じさせない、“アテの無い旅は得意だ”と自認する様な人物である。とは言え彼等同様コスモスに召喚されただけあって、高い戦闘能力を持っている事は間違いない。それは時間の許す限り、バッツと手合わせしている間に嫌でも納得させられた。
 とは言え仲間達の中では、決して腕力がある方ではない。体格的にも痩せ形筋肉質と言ったタイプであり、力を以て敵を圧倒するタイプの多い年長組の男性陣に混じるとひょろりとしており、それはむしろ頼りない印象を抱かせてしまう。最初に顔を合わせた時、誰もが何故バッツが呼ばれたのか不思議に思ったぐらいだ。
 そんな事を思い出しながら考え込む2人に対して、ジタンが口を開いた。
「つーかさあ、バッツが使うオレ達の技って、色々組み合わせてるのが多いじゃん?」
「そうだな」
 その言葉に、フリオニールは頷く。
 バッツは自分達の技を真似る時、殆ど組み合わせた上で真似る。フリオニールとジタンの技をミックスしたり、スコールとクラウドの技をミックスしたりと、大体2つの技を混ぜる。そうしないのは魔法か、相手の体力そのものを奪う技ぐらいだ。
 そしてそのものまね能力を見て初めて、彼等はバッツが召喚された理由を悟ったのだ。それはティナの持つ膨大な魔力とは違う質のもの、勘の鋭い者になら感知出来る魔力と違い、見た目からでは決して判らない能力だった。
「だったら、ただマネするだけならそのままマネればいいと思わないか? なのにわざわざ組み合わせてるって事は、バッツが自分の使いやすい様にそうしてるだけかもしれないけどさぁ」
「……俺もその可能性は高いと思う」
「クラウド?」
 その声が余りにも疲れ切っていたので3人揃ってそちらを見ると、いつもの様に愛用の大剣を担ぎながらも、妙に憔悴した様子のクラウドが3人の方に歩いてきた。更にその後ろからは、ティナがクラウドの様子を窺うようにしながら付いてきている。
「どうしたんだ? 何か妙に疲れてるみたいだけど」
 ジタンがそう聞くと、ティナがおずおずとクラウドの代わりに答えた。
「……バッツとティーダと一緒に──乱取りっていうの? 私達が分断されてしまった時みたいな、乱戦状態をクラウドと私、バッツとティーダの2対2で、模擬戦みたいな形で再現してやっていたの。そうしたら2人共、クラウドに集中して攻撃し始めたから……」
「……そういう事か。まあ各個撃破は理に適ってはいるが……」
「そりゃまあ、組み合わせが悪かったよなあ……」
 フリオニールとジタンはそう言うと、スコールと共にクラウドに同情的な視線を向ける。それを見てティナは首を傾げたが、彼女はその理由に全く気付いていない。だがクラウドを含めた男性陣にしてみれば、その理由は非常に判りやすいものだった。
 幾ら膨大な魔力が脅威とは言え、ティナよりもクラウドが狙われたのは盾になる戦士を倒してから無防備になった魔導士を狙うと言う戦術的理由以上に、ティナと組んだ事が何よりも問題だったのだ。更にティナが分断された時に一緒にいたオニオンナイトと同じぐらいの信頼をクラウドにも寄せているのが、バッツもティーダも羨ましい上に小憎たらしかったに違いない。
 ──まあオレも混ざってたら、ゼッタイ同じ事するから人の事は言えないけど。
 ジタンはそう思いつつも表には出さず、クラウドに話の続きを促す事にした。
「で? アンタは何でそう思ったんだ?」
「……さっきの模擬戦の中でも感じたんだが」
 クラウドはそう言いながら、疲れを隠そうともせずジタン達の近くに腰を下ろす。ティナはしばし戸惑う様に見回した後、少し離れた所にぺたりと座った。
「奴はまず最初に、攻撃のタイミングを見切る。そうして見切りの精度を上げた後、こちらの動きを完璧になぞらえていく。──だがここまでなら、ただの物真似に過ぎない」
 そこまで言うとクラウドは、ティナの方を見た。それを受けて、ティナは記憶をたぐり寄せる様に、たどたどしく話し始めた。
「……この世界に来る前の事、少しだけ思い出したんだけど、元の世界の仲間にもものまね士が居たの。その人も、バッツみたいに、私達のする事をそっくりそのままマネしてた。戦っている時だって、例えば私が魔法を使えば、私の使った魔法をそのまま使うし、モンスターの技を使える子がその技を出せば、やっぱり同じ様にその子の動きをマネて同じ技を出していた──でも、腕力とか魔力とかまではマネられないから、威力だけは違っていたけど」
「バッツそのまんまだな」
「少なくとも、動きは完璧にこちらの技を真似るからな」
 ジタンとフリオニールはそう言ったが、しかしクラウドは首を振った。
「だが奴の技はそれだけでは無いだろう? ジタンも言った様に俺達の技を真似るだけでなく、組み合わせていると」
「ああ、うん」
「そして奴自身が自分で使いやすい様にそうアレンジしているんじゃないかと」
「うん、言ったけど?」
「……私の知ってるものまね士の人は、そんな事は出来無かった」
 ぽつりとティナがそう言うと、クラウド以外の視線がティナに向けられた。ティナはそれに怯んで俯きながらも、先を続けた。
「……あくまでも、私達の行動をそっくりそのままマネるだけだったの。それ以上の事はしなかった。だってそれはモノマネの範囲を超えるから」
「そこに奴の特異さがある」
 ティナの言葉の先を、クラウドが続ける。
「お前達は奴と手合わせして感じた事は無かったか? 奴が俺達の技をただ真似た時も組み合わせた時も、必ず何か別の効果が備わっている。さっきの模擬戦の中でもやりあう度に、俺達はそれぞれ技のパターンを変えて行ったんだが、その度に奴から喰らったダメージの感触は微妙に違っていた」
「言われてみれば……」
 それを聞いて、フリオニールが口を開く。そもそもこの話を始めるきっかけになったバッツとの手合わせの中でも、戦闘前に使う技を変える度に、バッツの能力に微妙な変化があったのだ。
 それも、技をより強化させる方向に。
「……つまりバッツは、俺達の技だけじゃなく、能力まで真似ている……?」
 それに気付き、半ば茫然とフリオニールは呟いた。ティナとクラウドが同時に頷いた。
「少なくとも、俺はそう思う」
「……それにバッツは、技を出す時の口調までマネしているでしょう? だから私思ったの、ただものまねしてるだけじゃない、技を出すその時は、完全に私達になりきってるんだって」
「そのなりきりの結果が能力の違いに出て来る訳か……」
 顔に手を当て、天を仰ぎながらスコールが言う。
「物真似をする事で完全になりきって能力にまで変化を及ぼすとは、尋常じゃないな」
 フリオニールがそう言うと、少し考える様に一旦顎に当てた手を外し、開きながらジタンは言った。
「でもさあ、それでも単純に力で言ったらライトやセシルの方が全然上じゃん? 魔力だってティナに比べたら大した事無いし」
「まあ……そうだな」
 その場にいる全員が一様に頷く。そしてジタンは続けた。
「だから思うんだけど、バッツもオレがそうして来たのと同じで、技を磨く事で強くなろうとしたんじゃないか?」
「柔をよく剛を制す……か、あいつらしいな」
「力だけに頼らなかったからこその能力か……」
 頷きながらスコールが呟いた後、クラウドが遠くを見る様な目で少し羨ましそうに言う。
 だがそこで、ティナが指を固く組んで言った。
「……本当の事を言うと、私、バッツが1番怖い」
「は?」「へ?」
 再びティナに視線が集まる。だがティナは俯いたまま指を組んだ手をじっと見ていたのでそれには気付かず、やはり硬い声のまま続けた。
「勿論、バッツがいい人なのは分かってる。励ましてくれたり、和ませてくれたり。だけど、何処か得体が知れないものを感じる時があるの。何か……私達に見せているだけじゃない、別の姿を隠している様な」
「だが、あいつは良くも悪くも裏表が無いんじゃないか? 単純すぎると言うか、罠にあっさり掛かる所とか」
「……単純さではお前も似た様なもんだろう」
 フリオニールのセリフにぼそりとクラウドが突っ込みを入れる。それに対してフリオニールは眉間にシワを寄せて抗議の視線を送るが、クラウドはそれを無視した。
「まあ、裏表が無いと言うのは同感だがな」
 再びスコールが言う。
「とてもじゃないが、俺より年上とは思えない。だが、見た目からではあいつの実力を見抜けないと言う意味で、ティナの言う通り得体の知れない部分がある事も確かだ。この世界に来る前のあいつがどんな生活を送っていたのかは知らないが、あの能力から考えると、少なくともただの旅人ではないだろう」
「かなりの場数を踏んでいるのは間違い無いな」
 スコールの言葉を受けて、クラウドが言う。
「元々素質があったとしても、最初からあれ程の事が出来たとは思えない。……尤も、この世界に来る前の奴の話を聞いた事は無いから、何らかの訓練を受けていたかどうかまでは分からないが」
「考えてみたら、あいつは自分の事を殆ど俺達に話していないんだな……」
 予想外の事実に気が付いて、フリオニールは愕然とした。
 一応因縁の相手でもあるカオス側に付いている者達の能力や、攻撃パターン等に関する情報交換の意味も兼ねてこの世界に来る前の話を思い出した範囲で話していた。その中で口数の少ない者程それ以上の話をしない傾向があったが、しかし意外な事に陽気で賑やかしく、口数も多い筈のバッツは因縁にまつわる程度の話しかしていなかった。
「せいぜい、あのお守りの話ぐらいだよなあ」
 頭の後ろで手を組みながら、ジタンが言う。
「だけど意外なだけで、誰にだって言いたくない事はある。そう言う事じゃないか? オレだってそうだし、多分ティーダだってオレ達に話してない事があると思うぜ?」
「それにきっと、言わない理由も僕達を信じてないからじゃないだろうしね」
「よお、セシル」
 ジタンは組んだ腕を解き、床に手を付きながらセシルの方に向き直る。その場にいた他のメンバーもそちらを向くと、セシルは暗黒騎士からパラディン姿に変化している所だった。オニオンナイトと偵察に行っていた所為だろう。
「あっちの様子はどうだった?」
「次はイミテーションだけみたいだよ」
 ジタンに聞かれてセシルは答える。
「ツヴィと一緒にライトにそう言ったら、彼にバッツとティーダを呼んでくる様に言ってたから、多分あの2人かどちらか1人が行く事になるんじゃないかな」
「なーんだ、オレの出番は無しかよ」
「君はさっきクジャと一騎打ちをしてきたばかりだろう。だから、次は休むべきだよ」
「……そりゃ、そうだけど」
 そう言われて、ジタンは不満そうにしながらも複雑な顔をして少し俯く。セシルはそんなジタンの隣に座りながら、僕も話に混ぜてもらうよと言った。
「と言うか、どこから話を聞いていたんだ?」
「何処か得体の知れない印象がある、辺りかな」
 フリオニールの問いにセシルは答える。
「僕はむしろ得体がしれないと言うより、掴み所が無い気がするよ。彼がよく例えに使う、風の様に」
「あーそれ、分かる気がする」
 ジタンが頷いた。フリオニールもその言葉に妙に納得がいった。
「考えるより先に行動に出る割に、考えている事がこちらの予想を超える事も多いしな」
 見切りの話になった時の様に。
 あの話をされた時の印象は、フリオニールにとってまるで突風の如く強烈に吹き付けてきた様なものだった。
「だけど同時に、彼は僕らの事をかなり正確に把握している。僕が光と闇の狭間で悩んでいる事もそうだし、絶対に名前を教えてくれなかったオニオンナイトにツヴィと名付けた時みたいに」
 オニオンナイトとは彼曰く伝説の称号の事であるらしい。それを得た事を誇りに思っていた彼は、決して自分の名前を名乗ろうとはしなかった。しかしそこに別の理由もある事を見抜いたバッツが、ツヴィと名付けたのだった。
“んー、じゃあツヴィーベル!”
“はあ?”
“タマネギって意味だよ。あーでもお前男の子だもんな、このまんまじゃアレだからツヴィでいいだろ。こっちの方が呼びやすいし。な?”
 後に彼は絶対に名乗ろうとしなかった理由が元々みなしごで、本当の名前は分からないからだとティナにだけ話した。それを聞いたティナがバッツに問い質した所、
“そうだったのか、やっぱティナの方が信用されてるなあ”
“知ってた訳じゃなかったの?”
“他に何かあるなって思っただけさ”
 と言う返事が返ってきたのだった。
 心を読んでいる訳では無い。空気を読んでいる訳でも無い。ただ、相手の考えや気持ちを察する。それが高いコミュニケーション能力に繋がっているのだろう。
 尤もオニオンナイトがツヴィと呼ばれる事を受け入れた背景には、先にライトの事があったのかもしれない。未だに名前すら思い出せない彼に、“ウォーリア・オブ・ライトって長すぎるから呼びにくい”と言って、思い出すまではと言う事でライトと省略して呼ぶ事にしたのもバッツだった。
「何も教えていなくても、バッツは僕らの事を理解してくれている。だけど僕らは彼が理解している程に彼の事をよく知らないから、得体が知れない様に感じてしまうんだ、きっと」
「……成程な」
 セシルの言葉にスコールが頷く。確かに一方的に知られていると言う事は、恐怖心に繋がる。
 しかしスコールはだが、と言って先を続けた。
「俺達が自分で自覚していない事をあいつが見抜く事で、俺達の助けになる様な事をあいつはする。必ずしも自覚してそうしている訳じゃ無いだろうが、そのおかげで助けられたり、その言葉が支えになったりする」
「彼は僕らを信じてくれている。きっとこれだけは間違いない」
 きっぱりとセシルは言う。
「だけど理解してくれてるからこそ、彼は手合わせの時に僕らの調子に合わせて戦うんだ。その上ものまねの精度を上げる為に僕らの動きを見る方にばかり意識が向いていて、あまり本気を感じられない。……僕としては、それが少し、歯がゆい」
「騎士のプライドってヤツ?」
 にやりと笑みを浮かべながらのジタンの問いに、セシルは苦笑しながら頷く。否定する事は出来無かった。
「あいつ自身は常に本気らしいが、普段の言動があの調子だからな、そう見えないのも仕方無いだろう」
「オレとクリスタル探ししてた時だって、本気で楽しむんだとか言ってたしなあ」
 スコールとジタンがそう言うと、再びティナが口を開いた。
「……私は、本気を出して欲しくない」
「どうして?」
 セシルにしてみれば意外な言葉に聞き返すと、ティナは答えた。
「本気になったら、どれだけ強いのか分からない。バッツは状況に合わせた戦い方をしてくるから、さっきの模擬戦の間も、もしこれが本当に本気の時だったらって思うと……凄く、怖かった」
「だーからティナはそんなに怖がらなくっていいんだって!」
「きゃ?!」
 唐突にティーダと共に現れたバッツがそう言ってティナに抱き付いてきたので、ティナは驚いて声を挙げる。他の面々も当の本人が現れた事に激しく動揺した。
「そうやって怖がってるから力が暴走するんだよ。もう少し気楽にやろうぜ?」
「そうッスよ。っつーかどさくさに紛れて何抱き付いてんスかバッツ!」
「えー、いいじゃん?」
「バッツ、ティーダ! お前等今どこから現れた?!」
 動揺を無理やり押し込めながらフリオニールが聞くと、2人はしれっとして答えた。
「いやー、何かみんな真剣に話し合ってるみたいだから、こっそり近付く事にしたんッスよ」
「そうそう。そしたらティナがさっきの模擬戦の時に怖かったとか言ってるのが聞こえたからさ、だったらちょっと驚かせて気分を和らげてやろうと思って」
「……だからと言って抱き付くのはやりすぎだろう」
 そう言ってクラウドが刃先を向けるので、バッツは慌ててティナから離れた。
「落ち着けよクラウドー。羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」
 だがそのひと言でクラウドが大剣を構え直すので、流石にフリオニールも割って入った。
「確かに落ち着けクラウド。それにバッツも、余計なひと言が多すぎだ」
「それより、結局次は誰が行く事になったんだ?」
 ティナを巡る攻防を無視してスコールが聞くと、ティーダが答えた。
「それが何か、ライトさんが一緒にティナも連れてけって言うんッスよ。少し力を使わせとけば暴発も防げるだろうって話なんッスけど」
「でも提案したのはおれだからな?」
 クラウドの剣を白刃取りしながらバッツが言った。
「何?」「何でさ?」
 クラウドとジタンが同時に聞く。その隙にバッツはクラウドの剣を押し返すと、無駄に胸を張って言った。
「ほら、さっきの模擬戦でティナが魔力のコントロールに苦労してただろ? だからちょっとここらで発散させた方がいいんじゃないかってライトに言ったんだよ」
「そんな所まで見ていたの?」
 驚いたティナがそう聞くと、ティーダが頷いた。
「バッツがそう言うから、さっきはクラウドだけを狙ったんッスよ。今のティナに攻撃したら、ヘタすると暴走しそうだって」
「なーんか怯えてるっぽかったからさ、こりゃヤバイなって思ったんだよ。な、正解だったろ?」
「そうッスねー」
 そう暢気にティーダと話すバッツを見ながら、フリオニールとクラウドはその視野の広さに白旗を揚げたい気分になった。
 模擬戦とは言えその中でも余裕を失わない姿にセシルはやはり本気で戦ってみたいと思い、ジタンは自分ももっと技を磨かねばと考えた。
 その状況判断力に、スコールはただ感心するしかなかった。
 そしてティナは、怖がっていた事が逆に申し訳無くなった。確かに得体は知れないが、仲間に対して気を配る事を忘れない彼に怖れを抱く必要は無いのだ。それが意識的にやっている訳では無くても。
 なので、ティナは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい、バッツ!」
「え、何? 何か行けない理由でもあるの?」
「ううん、そうじゃないの」
 次の戦闘の事と勘違いしたバッツの反応に首を振りながら、ティナは続けた。
「さっきコントロールがおかしかったのは、私の所為なの。私が勝手に思い込んでてああなっただけだから、バッツが悪い訳じゃないから、だから……」
 “実はバッツが怖かった”という事を言わずに謝ろうとして、ティナはいっぱいいっぱいになる。自分の力で誰かを傷付ける事も怖いが、心を傷付けるのも嫌だった。
 だが、そんなティナの心を知ってか知らずかバッツの手がその頭にぽんと置かれ、そのままわしわしとなで繰り回された。
「だからそんなに怖がらなくていいんだって」
 なで回していた手を止め、しかし頭の上に置いたままバッツは言った。
「こっちだって誰もティナの力を怖がってなんかいないし、暴走しそうになったってその前に止める。それに不安になるのも今の状況からすりゃみんな同じなんだからさ、下ばっか見てないで上向いて気楽にした方が上手くいく確率も上がるぜ?」
 今の言葉の中にバッツらしくない様な単語が混じっていた気がしたティナは、ゆっくりと顔を上げる。するとバッツがにぱっと笑顔を返してくるので、恐る恐る尋ねた。
「バッツも……怖いの?」
「おれにだって怖いモンはあるって」
 あっさりとバッツは頷いた。
「何たって負けたらそこで何もかもが終わりになって消えるかもしれないってのが、今は1番怖いね。みんなだってそうだろ?」
 その場にいた皆がそれぞれ頷く。それは多かれ少なかれ誰もが抱えているものだった。
「だけど怖いって思っちゃうのはしょうがないから、そう言う時はおれとか他のみんなに吐き出せば少しは楽になるぜ。今はとにかくみんなで力を合わせて、支え合いながら進んでくしかないんだからさ」
「そうッスよ、ティナはもっとみんなに頼るといいッス」
 明るい笑顔でバッツもティーダもティナに言う。そしてそれぞれが片方ずつその手を取り、
「じゃ、早速行こうか!」
「ばびゅっと行って倒して帰ってくるッスよ!」
「え、え?!」
 ティナを立ち上がらせると、ちゃっかり腕を組み他の面子に手を振りながらその場を去って行った。
「そんじゃ行ってくるぜ!」
「イキオイが1番ッスよね!」
「え、あの、行って来ます……」
 バッツとティーダは現れた時の様に賑やかしく、ティナは半ば連れ去られる様な状況に戸惑いながらも挨拶だけは残して行く。
 そんな3人の背中を見送った後、話題にしていた相手が嵐の様に現れて去って行った状況に茫然としながら、完全に立ち直れないながらもまずセシルが口を開いた。
「……本当に、僕達を信頼してくれてはいるんだけどね……」
「空気が読めているとは言い難いな……」
 それを受けてスコールが呟く。少なくともティナが何に対して怖がっていたのかすら尋ねていないし、そもそも何を話し合っていたのかさえ聞いてこなかった。
「……まあ、バッツらしいっちゃらしくねえ?」
「確かにな」
 ジタンのセリフにフリオニールは頷いた。
「奴の事だ、途中から話を聞いていながらあえて知らないフリをした訳じゃ無さそうだしな」
「ティーダもいたんだ、その場合はあいつの顔にも出るだろう」
 クラウドの言葉にもそう返すと、フリオニールは言った。
「しかし、こうして考えると、あいつが敵じゃなくて良かったな」
「それを言うなら“味方で良かった”、だろ?」
 ジタンがニヤリと笑いながら言う。その指摘をフリオニールは素直に受け入れた。
「そうだな、確かに味方で良かったよ」
 その性格からカオスに召喚される事は無さそうだとは言え、あの能力の持ち主が敵ではない事に安堵する。
 だがそれ以上に、その性格故に味方であって良かったと思う。この深刻な状況の中で、あの陽気さは時に救いになる。
「ほっといたら、カオスに付いてるヤツらの技までマネし始めるんじゃねえ?」
「そうだね、彼ならやりかねないかもね」
 イタズラ小僧の笑みを浮かべて言うジタンに、セシルが苦笑しながら頷く。それに対して“全くだ”とスコールが相槌を打つ。
 クラウドはそんな様子を眺めながら、フリオニールに言った。
「……案外奴の最大の存在価値は、こういう所にあるのかもな」
「存在価値?」
「その場にいなくても、場が和む」
「……確かに、な」
 むしろ今回の様に真面目な話になった事が初めてだったかもしれない。フリオニールはそう思うと、自分が始めた話題とは言え、本来は話に登るだけで笑顔も呼び込む存在の持つ幅の広い能力に脱帽するしかなかった。クラウドが存在価値と言ったその部分も、ある種の才能かもしれない。
 戦闘だけで無く、休息の際には話題に出るだけで場の雰囲気を変える能力。
 ライトの様にリーダーとして皆を引っ張るものとは違うが、戦場に必須と言う訳では無くともいると有難いと言うタイプの存在。
 特にそのライトが、コスモスが消滅した影響を最も大きく受け時折倒れる事もある今、バッツの前を向く姿勢は間違いなく支えになっている。まだ幼い故に強く未来を信じられるオニオンナイトの意思が真の闇を破った時の様に、混沌に呑まれ崩れ行く世界を駆け抜ける力になる。

 しかしこの後、本当に勢いでガンガン進んで行ったバッツとティーダのフォローにティナが振り回されるハメになり、それを知ったオニオンナイトとクラウドからオシオキされ、ライトからはこっぴどく叱られた事を聞いて、フリオニールはただ呆れるしかなかった。
「……何でそんな所でまで笑いを取るんだ……」
 そしてそれを耳にしたスコールは、“相変わらず懲りない奴だ”と心の中で呟き返した。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

 DISSIDIA FINAL FANTASY

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