024.この手に掴めれるものは


“Shadow Servant”


 火のはぜる音が辺りに響く。
 焚き火の反対側ではジャンヌが眠っていた。その決して安らかとは思えない寝顔を眺めながら、ジルはこれからどうなるのかと考えた。
 ジャンヌは1日でも早くルーアンへ向かおうとしている。それが彼女の望みならば、ジルに否やは無い。
 だが無理をされては困るのも事実であった。リアンを助けたくてジャンヌの気が逸るのは分からなくもないが、その為に倒れられては意味が無いからだ。
 火をおこした後も、ジャンヌはそれを松明に移して先に進もうとしていた。ジャンヌのこの不屈の精神力は戦場に於いては限りなく味方の士気を上げる効果があるが、当人の体調が万全では無い時は周囲の者が気を揉む事になる。だからリアンを助ける前に倒れては話にならないと説き伏せて、どうにかここで休ませたのだ。
“でもリアンが………ッ”
“だから落ち着けと言うんだ。考えてもみろ。お前の存在を異端の魔女として抹殺しようとしている奴等の前で、腕輪の力を使ったらどうなる? 今度はこちらが魔女として追われる事になるぞ”
 戦場では起死回生の手段ともなる腕輪の力は、この状況下では諸刃の剣でもあった。出来る限り使わずに済ますなら相当の準備を要するだろうが、既に異端審問が始まっている以上は準備に時間を掛けられない。とは言え影武者と言う事を知られる事無く捕らわれたリアンを助ける為に、本物であるジャンヌが捕まってしまっては本末転倒にしかならないのだ。
 再び彼女がいなくなる様な事は避けなければならなかった。ジルはジャンヌがいなくなったシャロンからランスまでの道程の間で、彼女の存在が与える影響がどれだけ大きかったのかを嫌と言う程実感した。──そして、誰であろうと彼女の代わりを務める事は出来無いのだと言う事も。
 確かに、リアンはよく頑張っていた。ジャンヌと同じ様に勝利を信じて戦場に立ち、兵士達の士気を鼓舞する。そうやってランスまでの道程を乗り切った。
 しかし戦場に立つ心構えは決定的に違っていた。リシャールの策を受け入れて影武者として行動し始めたばかりのリアンは、緊張のあまり王太子の前に出ただけで気絶する程頼りなかった。だがいざ戦場に出れば覚悟が決まったのか、敵対する者を倒す事に躊躇いが無かった。
 処が、ジャンヌにはいつも何処かに迷いや躊躇いがあった。相手が同じフランスの民や力無き民衆であれば尚更だ。だからこそ、あのシャロンでは崖まで追い詰められる事になった。にも関わらず、ジャンヌはギリギリまでシャロンの人々を説得しようとしていたのだ。
 もしかすると、ジャンヌがそう言う人物だったからこそ部隊に強い結束が生まれたのかもしれない。高い理想は同時にどうしようもなく甘いものではあったが、ただ理想を語るだけでなく、それを実現する為に自ら行動し戦場に立つその姿に誰もが惹き込まれ、やってやろうと言う気にさせられたのだ。
 無論、それはジルも同じだった。単に腕輪を持つ者同士と言うだけだったなら、恐らくこうして単独行動を取ってまで彼女を探そうとは思わなかっただろう。狩人達から“森に若い金髪の騎士の幽霊が出る”との噂を聞いてここへ来た事を告げると、逆にジャンヌに聞き返された程だ。
“だからって、何故わざわざ1人で来たりしたんだ”
“従者達なら森の外だ。腕輪が光って、俺だけが入る事が出来た”
“じゃあ、あの獣人達は……”
“そこまでは俺にも解らん。もしかしたらあの獣人達が張ったものかもしれないし、或いはお前に力を残して果てたルーサーが何か仕掛けていたのかも知れん”
 何にせよ、今となってはもう分からない。だがジルがジャンヌを見付ける事が出来たのは、間違いなく腕輪のおかげだった。時折腕輪が輝き出しては光が伸びて道を指し示し、それを追って行った先でジャンヌを見付けたのだ。
 あの光景は未だにジルの脳裏にはっきりと焼き付いている。浅い沼地を抜け、急に視界が開けると、人間の顔の様な瘤のある大樹の前で、ジャンヌの身体が横たわる様に宙に浮かんでいるのが目に入った。しかもその身体はほのかに発光しており、神々しさを感じたが同時に畏怖し、不安になった。ここまで来てやっと見付けたと言うのに、本当に死んでいたなんて冗談じゃない、と。
 だからジルの呼び掛けに反応して彼女が落下した時、そしてその目が彼を捕らえその名を呼んだ時、心の底から安堵した事を覚えている。──尤も、そんな余韻に浸る間も無くすぐに質問攻めにされた訳だが。
“何故あなたがここにいる? 他の皆は? 王太子様は──フランスは、どうなっているんだ?”
“質問は1つずつにしろ”
 とりあえずジルはリアンをジャンヌの影武者に仕立てた事から説明していった。案の定ジャンヌは“何故そんな事を”と言って怒ったが、ジルは“他の誰でもない、お前がいないと言う事が1番の問題だったからだ”と返してその場はどうにか宥めた。あの時の状況からして、誰もがジャンヌが死んだと思わざるを得なかったからだと。
 しかし戴冠式を終えた後部隊を離脱した事はあえて言わず、その後のリアン達の行動を伝え聞いた範囲で説明した。そしてリアンが捕らわれた事を話した所で、獣人達の襲撃に遭ったのだった。


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 只今挑戦中JEANNE D'ARC

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