024.この手に掴めれるものは


“Shadow Servant”


 唸るような声を聞いて、ジルは我に返った。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。
 すぐさま神経を研ぎ澄まし、辺りの気配を探る。しかし何かがいる様子は無く、代わりに炎の向こうで右手を天に伸ばし呻くジャンヌの姿が見えた。
「ジャンヌ?!」
 ジルはジャンヌの方へ行くと、片手で何かを求めるかの様に伸ばされた手を掴んで下ろさせ、もう片方の手でその肩を揺さぶった。
「……リア…………ン…………」
「ジャンヌ、目を覚ませっ。ジャンヌ!」
 ジャンヌの目が見開かれる。しばし視線を彷徨わせていたが、やがてジルに焦点が合うと戦場にいる時の様な鋭い表情になり、跳ね起きながら言った。
「どうした、敵か?!」
「それは大丈夫だ。うなされている様だったから起こした」
「そうか、すまない」
「リアンの名を呼んでいた」
「…………そう、か」
 そう言ってジャンヌは項垂れる。ジルは手を離すと、焚き火の向かい側へ戻った。しばらく炎を挟んで向かい合ったまま、互いに何も言わなかった。
 やがて、ジャンヌが口を開いた。
「……実は少し、後悔している」
「何をだ」
「リアンの事。──付き合わせるんじゃなかった、って」
「…………」
 ジルは何も言わず、ただジャンヌを見た。ジャンヌは虚ろに炎を眺めながら、先を続けた。
「今更だけど、何処かの町で待っててもらうべきだったんじゃないかって思うんだ──リアンだけじゃない、ロジェにしてもその方が良かったんじゃないかって」
「だが、あの2人は自らお前に付いて来たのだろう?」
「それだって、結局私がそう言わせたのかもしれない。私に帰る気が無かったから──フランスの為に戦うつもりだったから、残るとは言えなかっただけなのかもしれない。あの時は、他に頼れる人がいなかったから」
「そうだとしても、敵地を抜けると言う困難の中を共にしたと言う事は、当人達にそれだけの意思があったと言う事ではないか」
 ジルの言葉に、ジャンヌは返答に詰まる。そして視線を落とすと、言った。
「……かもしれない。でも多分、私はそれに甘えていた」
 そうしてフランスを取り戻す為の戦いを優先し、リアンがロジェの様子がおかしいと言ってきた時もジャンヌはまともに取り合わず、後回しにしてしまったのだ。
「もしあの時ちゃんと話を聞いて、待っててくれる様にしておけば──リアンも、こんな事にはならなかったかもしれない」
 シャロンでリアンが“この人達は敵なんだよ”と──“戦わなきゃこっちがやられる”と言ったあの時、ジャンヌは耳を疑った。信じられなかった。だが内気で優しかったリアンにそんな事を言えるようにしてしまったのは、間違いなく戦場に連れ出した自分の責任なんだとジャンヌは思っていた。
 とは言え、その事でどれだけジャンヌが後悔していようとも、ジルには揺るぎない1つの事実があった。
「だがリアンがいなければ、お前がいなくなったあの時に俺達は部隊としての統率を保てなくなっていただろう」
 ジャンヌは顔を上げるとジルを見た。ジルはジャンヌを見据えたまま、先を続けた。
「あの時リアンがお前の身代わりを引き受けたからこそ、俺達はそれからの戦いを乗り切る事が出来た。
 確かに、あの時その場にいた者ならそれがお前ではない事は分かっている。それでも、お前がそこにいると言う事が陛下や貴族達だけではない、一般の兵士達にも安心感を与える。それだけお前の存在が重要なんだ」
「だったら何故!」
 しかしジャンヌは堪え切れずに立ち上がると、拳を握り感情のままに言葉をぶつけた。
「何故リアンが捕らわれたままにされるんだ! 何で誰も助けてやらない! それとも、私が生きているのならもう構わないとでも言うのか?!」
「ジャンヌ、落ち着け」
「落ち着いてなんかいられるか!」
「いいから落ち着け。大体、お前が生きていると言う事はまだ誰も知らないんだぞ」
「────っ」
 そう言われてジャンヌは返す言葉を失くす。そしてジルは諭すように言った。
「あの崖から落ちるのを見て、誰もがお前が死んだと思った。あの高さから落ちたのでは生きているとは思えなかったからだ。だが死んだ所を──何より死体を目にする事が無かったから死んだと言う確信を持てず、そして生きていると信じ切る事も出来無かった。
 俺だってそうだ。ただ俺はお前が生きている可能性に賭けた。だから捜し出そうと思った。それでもここへ来てお前の姿を見るまで、ずっと半信半疑だったんだ」
 ジャンヌは何も言い返せなかった。だが握った拳を解く事は出来無かった。しかしジルが座るように促すと、素直にそれに従った。膝を抱えて座ると、そのまま顔を埋める。
「──お前にとって納得がいかない事なのは分かる」ジルは言った。「だがあの時の俺達は、リアンをお前の影武者に仕立てるより他無かった。それだけは、分かってくれ」
「……だったら…………」
「何だ?」
 聞き取れず、ジルは聞き返す。するとジャンヌは少しだけ顔を上げた。
「それなら、私はどうすれば良かったんだ……? どうしたら、リアンをこんな目に遭わせずに済んだんだ?」
「過ぎた時間は、二度と帰って来ない」
 きっぱりと、ジルは言い切った。
「今の俺達に出来るのは、可能な限り急いでラ・イールやリシャール達と合流し、その上でリアンの奪還を目指す事だ。懺悔ならそれからすればいい」
「──、そうだな」
 そう頷くと、ジャンヌは再び顔を伏せた。そんなジャンヌに、ジルは声を掛ける。
「恐らくしっかり休息が取れるのもこの森にいる間だけだろう、だから今はゆっくり休め」
「今度はジルが休むべきじゃないか?」
 これにはジャンヌも顔を上げて反論した。「私は1度眠ってるんだ、交代で休んだ方がいいぞ」
「俺なら大丈夫だ」
 しかしジルも首を振ったが、流石にうたた寝していたからとは言わなかったし、言えなかった。
「いいから寝ろ。もしまたうなされる様ならお前を起こして俺が寝る。それでいいだろう」
「分かった、そこまで言うならそうさせてもらうよ」
 ジャンヌは苦笑すると、ゆっくりと横になった。そして焚き火越しにジルを見る。
「……でも、意外だな」
「何がだ」
「まさかジルに心配されるとは思わなかった。そんなに私は頼りないのか?」
 その問いに、思わずジルはため息を付いた。
「……頼りないと言うよりは、危なっかしいな。こちらの戦略や戦術を全て無視して無茶をしながら突っ走られると、止めるどころか追い付くだけでもひと苦労だ」
「ひどいな」
 そう言ってジャンヌはくすくすと笑った。ジルも笑みを浮かべる。
「そう言えば、結局何であなたが単独行動を取っているのか聞いてない気がするんだが」
「いいから寝ろ」
 ジャンヌの問いを、ジルはばっさり切り捨てた。


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 只今挑戦中JEANNE D'ARC

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