024.この手に掴めれるものは


“Shadow Servant”


 先程に比べれば遥かに穏やかな顔で眠るジャンヌを見ながら、ジルは考えた。
 ──まさかこれ程リアンに執着しているとは思わなかったな。
 シャロンからの脱出の際にジャンヌが撃たれた原因がリアンを庇う為だったと知った時から、ジルは違和感を感じていた。そしてリアンがジャンヌとして捕らえられた事を話した時の反応で、それは更に増幅された。例えその憤りがリアンが自分の身代わりにされた事から来ていたとしても、ここまでリアンの事ばかり口を付いて出て来るとは思ってもみなかった。
 それは予想外としか言い様が無かった。
 これまでのジルから見たジャンヌと言う人物は、誰に対しても平等に、且つ等しい距離感で接していた。それはジルに対しても同様だった。同じ腕輪の持ち主と言うだけでなく、副官と言う立場にあったが故に話す機会こそ多かったものの、それは同士であり副官と言うそれ以上でも以下でも無いと言う事を彼は感じていた。
 詰まる所、決して特別扱いされていた訳では無いのだ。それどころか村を焼かれて以来行動を共にしていたと言うリアンやロジェですら、彼女が贔屓している様には見えなかった。
 だが現実にはそうでも無かったらしい。本人が言う様に甘えていたと言うのならば、それに値する信頼を得ていたと言う事だ。むしろわざわざ言わなくても分かって貰えるだろうと思い込んでしまえる程、信じ切っていたと言う訳だ。
 そしてそれに気付いた瞬間、ジルの中で昏い炎が灯った。
 誰に対しても等しく接しているのならば、それでもいいと思っていた。誰の事も特別扱いしないのであれば、それで構わないと考えていた。
 だが現実は違った。ジャンヌにとってリアンはかけがえのない存在だったのだ。そしてそれはジルにとって許し難い事だった。
 ジルはジャンヌに英雄として孤高を保っていて欲しかったのだ。凛として、ただひとつの目的の為に邁進《まいしん》し、迷いはしても決して振り返らない。そうして皆を引っ張る存在であって欲しかった。他の事に心を奪われて欲しくなかった。あくまでも理想的な英雄の姿を見せ続けて欲しかった。
 こんな事を10も年下の少女に思うのはおかしいだろうか。だがジルが思い描いていた──そして実際にはありえないだろうと思っていた“英雄”と言うものを、彼女に見てしまったのだ。作られたイメージでは無い、現実にそこに存在するものとして接してしまった。
 その瞬間から、ジルの世界は転換した。それまで自らの周りにあると思っていた灰色の世界の檻が消え、その向こうに広がる色鮮やかな景色が見える様になった。世界を規定していた枠を作っていたのが、他でも無い自分だったと言う事に気付かされた。
 以来、ジルは彼女ならこの終わりの見えない戦いを終わらせてくれるのではないかと思うようになった。彼女の思い描く理想の世界を見てみたくなった。例えそれが甘い夢に過ぎなかったとしても、失笑を誘うものでしかなかろうとも、争いの無い世界を願うが故になかなか理解されない彼女を支えたかった。
 出来る事なら、彼女と共にあり続けたいと思った。
 ランスで戴冠式を見届けた後、誰にも告げずに彼女を探しに出た事にしてもそうだ。彼女が本当に死んでいた時に皆を落胆させたくないと言う以上に、生きていようが死んでいようが誰よりも先に自分がその姿を見付けたかったからだ。誰よりも彼女の傍に居たかった。
 だが同時に彼女により近付きたいと思うその心が、ジルの中に嫉妬の炎を灯す。“英雄であれ”と願うが故に、そのイメージから外れて行く彼女の姿に納得出来ず、その心を捕らえる者の存在を許せない。
 にも関わらず、それでも彼には分かっているのだ。彼女の願いや望み、したい事に恐らくジルは逆らえない。ただ冷静に状況を判断し、彼女の目的の為に最適な方法を模索し、示す事しか出来無い。そしてその為の労苦でさえも厭わないだろう。それが自分ではない誰かの為であってもだ。
 確かに、彼女が他の誰かに心を奪われている様を見せ付けられるのは、ジルにとっては苦痛でしかない。だがそれ以上に、彼女がいなくなる事への恐怖の方が大きく上回っていた。彼女がいない日々のあの空しさ、やり切れ無さに比べれば、彼女がここに居ると言うだけでも遥かにマシだった。
 再び彼女がいなくなる様な事だけは避けなければならない。そうして彼女を死なせる事なくこの戦いを終わらせる。彼女だけを犠牲にする様な事だけはあってはならないのだ。例え全てが終わった時、それぞれ別の道を歩む事になったとしても、彼女が彼女のままであってくれればそれで良かった。
 何より、ジルは彼女が悲しむ所を見たくなかった。絶望に沈む姿を見たくなかった。それが特定の誰かの為であろうと、そうなる事で彼女の歩みを止めようとするあらゆるものから守りたかった。
 彼女の腕を掴んだ手を握り締める。その感触はまだ残っていた。剣を揮う為の筋肉のついた、だが華奢で柔らかな腕の感触。
 ジルは握った拳を額に当てた。そして祈るように願う。
 ──多くは望まない。共に戦場を駆ける事が出来ればそれでいい。だから、誰も彼女を奪わないでくれ。
「俺をあなたの傍に居させてくれ……」
 音を立てて炎がはぜる。舞い上がった火の粉が空へ向かう。
 その晩、再びジャンヌがうなされる事は無かった。
end
よんだよ


 ←24 - 3/25→

 只今挑戦中あとがき?

 JEANNE D'ARC

 topmain menuaboutchallengelinkmail