032.魂の在り処


“nearly equal, not equal”

1.遭遇─とある内戦中の町にて─

 レドリックが東欧行政区での内戦に巻き込まれていた──否、帰る機会があったにも拘わらず終結まで居座っていた頃、他にも彼と同様に別の行政区から来て内戦が終わるまでレジスタンスに参加していた者がいた。
 ジルの通称で呼ばれていたその人物は南米行政区の出身で、そもそも内戦が始まるかなり前から、長期滞在の旅行者としてそのエリアに来ていたと言う。
 初めて顔を合わせたのは、レドリックの友人レムによる最初のクラッキング作戦での事だった。この時はレドリックが居候しているグループが拠点とする町に的を絞って行われ、その範囲内にいる行政府軍が送り込んだ機械兵を全て乗っ取り、攻撃目標を書き換えるウィルスに感染させた上で、行政府軍側に送り返す事に成功した。その際クラッキングに集中するレムや、生体電流を利用したサブ電源と化していたレドリックの護衛として、他のグループから応援に来ていた内の1人がジルだった。
 作戦終了後話している内に、互いに噂になっていたこの行政府外の者だと分かり、以後顔を合わせる機会がある度に話す様になった。それはどれだけレジスタンスの者達から信頼を得て仲間として認められ、こうした重要な作戦に参加していても、政治的には部外者と言う感覚が拭えない事、それでもここにいるのは完全な当事者では無い視点が必要とされた事など、何処か共通したものがあったからだ。
 ただ、レドリックにはどうしても引っ掛かる事が1つあった。ジルを初めて紹介された時、誰かが「コイツはあの“ジル・ド・レ”の生まれ変わりなんだと」等と言っていた事だ。
“ジル・ド・レ? あの?”
“冗談のつもりだったんだけどねー。だけどみんな面白がっちゃってさあ”
 そんな風に本人も回りもその話題になる度に冗談として笑っていたが、もし本当に歴史上の有名人の生まれ変わりを自称する偏執狂や誇大妄想狂の類いだったとしても、流石にその対象に問題があり過ぎるんじゃないかとレドリックは感じていた。──尤も、それだけ彼が“戦場と言う狂気”に対して鈍感である可能性も否定出来無いが。
 ジル・ド・レ──それは西欧行政区の百年戦争期における英雄ジャンヌ・ダルクの戦友の1人でありながら、後に戦場では無い場所で少なくとも150人は殺した大量殺人者として歴史に名を残した人物。その所業から吸血鬼のモデルとして描かれる事も有り、本来は別人の筈の“青髯”のモデルとも言われ続ける人物。
 通称が同じとは言え、よりによってそんな人物の生まれ変わりを自称するのは、流石に穏やかでは無いとレドリックは感じていた。むしろこんな状況だからこそ、ジャンヌ・ダルクの方を名乗るんじゃないか、そう思っていた。確かに“ジル”と呼ばれてはいたが、一応“ジリオラ”と言う名の女だったのだから。
 だが、後にレドリックはジルが本当にそうなのだと──少なくとも本人はそう確信している事を知った。それはジルがオリンピックへの出場権を得ていながら出られなくなった原因である、事故の話になった時だった。
「──それで意識が戻るまでの間、ずっと夢を見てたんだよ」
「どんな?」
「百年戦争の時の事」
 その言葉に二の句を継げずにいると、ジルは微かに小さく短くため息を付いた。
「やっぱ信じらんないよね、こういうのってさ。でも確かに私はあの時ジル・ド・レとして、あのジャンヌ・ダルクの傍にいた」
「……映画で、見たのとかじゃなくてか?」
 どうにかそう尋ねる言葉を口にすると、ジルは首を振って否定した。
「映画じゃ匂いや感覚まで分かんないじゃん。それがあるんだよ。戦争中なのに空気は今とは比べるのもばかばかしいぐらいキレイだったし、わざわざ濾過しなくたって飲める水はおいしかった」
「確かに今の<地球>じゃありえねえな」
「あと、殺した男の子達の死体の感触とか」
「…………」
 流石のレドリックも、これにはぎょっとした。しかしジルは夢で見た“それ”を目の前にして見詰めている様な、それでいて何も映していない様な虚ろな目で、淡々と喋り続ける。
「首を掻き切って吹き出した血の生暖かくてどろどろした感じとかさ、そう言うのの生臭い臭いとか、とにかく全部覚えてるんだよね。身体に刻み込まれてるみたいに覚えてるんだ。──でもさ」
 ジルはそこで一旦言葉を切ると、膝を抱えた。
「あの時“ジル”は快楽を覚えていたけど、それを思い出した“私”には、おぞましいモノでしかなかったんだ」
 そして虚ろな目のまま、ジルはレドリックを見る。レドリックは思わず正面から受け止めた。その目を見て、彼はジルが本当に“ジル・ド・レ”の生まれ変わりなのだと、納得してしまっていた。
 底無しの深淵と、昏い闇を抱えた目。
 だがジルはそんな彼を見て肩を竦めると、ニヤリと笑った。
「あー、レッドでも引いちゃうんだー。ちょーっと意外だったな〜」
「いや、引いたっつーか、マジだったんだなぁと……」
 尤も、レドリックがこういう話をあっさり受け入れてしまうのは、幼少期を風読み師と言う、ある種のシャーマンの血を色濃く受け継いだ祖母の元で育てられた事と、その関係で<地球>と<遠来>を往復する機会が多い事があるかもしれない。未だに1度も<地球>を出ずに一生を終える<地球>人が多い事を考えると、レドリックのそれは並の外交官より多いかもしれない。
「え、じゃあ信じるんだ?!」
「マジんなって語ってたのはテメーの方だろーがッ。それとも全部嘘だってぇのか、ぁあ?」
「や、ちょっとタンマッ、ギブギブ!」
 笑って誤魔化そうとしたジルに、レドリックはヘッドロックをかける。モロに決められたジルは、助けを求めて手をばたつかせた。しかし周りの者達は楽しげに笑いながら眺めるばかりで、それどころかカウントを取ってレドリックの手を高々と掲げる始末だった。
「〜〜ったく、これでレッドの7連勝かー」
「お前が茶化さずに最後までちゃんと話せばやらねぇっての」
 首を回しながら言うジルに、レドリックは鼻で笑って返す。「後で俺がモノ書く時のネタにしてやるから、キリキリ話しやがれ」
「それが本当に話を信じた奴のする事なんだ?!」
「信じてるから楽しく聞いてるんだろーが。で、どうなんだ?」
「だからって素人のレッドが書いても、胡散臭い扱いされるだけだと思うんだけどなあ」
「……もういっぺんヤられたいのか?」
「きゃー、犯されるー」
 片手で拳を作って見せるレドリックに、ジルはわざとらしくしなを作りながら棒読みで応じる。なので、レドリックは心置きなく頭を小突いてやった。
「ひっどいなあ、女を殴るなんて騎士としてなってないぞ?」
「何処の世界の話だよッ。大体女扱いされても喜ばねえクセに、こういう時だけ女を主張するなってのッ」
「だってしょうがないじゃん。この凛々しい顔で女っぽくしたって、オカマ扱いされるのがオチだよ?」
「──それなんだがな」
 自分で“凛々しい”等と言うかと思いながら、レドリックは気になっていた事を口にした。
「今と前世で顔が同じっつーか似てるとことかはあるのか?」
「ううん、全然」
 ジルは首を大きく横に振った。
「川に入った時水に映った“ジル”の顔と今の“私”じゃ、全然造りが違ってた」
 更に言えば目の前にいるジルの肌はメキシコエリア出身と言う事もあるのか、レドリックよりやや濃い目の褐色系の色だった。毛髪にしても明るいオレンジ色をしており、少なくともその外見から類似点を見出すのは難し過ぎた。
 だが、共通する“もの”が全く無い訳でも無い。
「でも確かショタコンだったよなお前」
「そう、私はショタ」
 無駄に偉そうにジルは胸を張る。
「これだけは間違い無く“ジル”と同じだって言えちゃうのは、自分でもどうかと思うんだけどねー」
 そう言ってジルはけらけら笑いながらも、“でもかわいい女の子も好きなんだけど”等とのたまった。そんな彼女に半ば呆れながらも、レドリックは新たに別の事が気になったが、ひとまずジルの話を聞き出すのを優先させる事にした。
「とにかく、1度この俺に全部話してみやがれ。思い出した時の事から、順番に」
「──ホンット変わってるよねえ、レッドってさ」
 しかしジルはしょうがないとでも言う様に肩を竦めると、曖昧な笑みを浮かべた。
「じゃあまず事故の後、目が覚めた所から話そうか」


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