032.魂の在り処
“nearly equal, not equal”
5.Monstre Sacre─聖なる怪物の最期─
「男色趣味も、その相手が少年ばっかりだったのも、おじいさまの影響だったってさっき言ったよね」
「ああ」
そう話を振られ、レドリックは頷いた。
「そして残虐性が先天的だって言われたのに否定しなかったのも」
レドリックは無言で頷き返す。ジルは話を続けた。
「“私”が言うのもなんだけど、おじいさまの家系って乱暴者が多いんだよね。戦場ではそれが勇猛果敢ってされる方向に働くんだけど、それ以外の所でも攻撃的な部分を抑えられない傾向が他の貴族達に比べて特に強くてね。
“ジル”が生きてた時代って、戦争に勝てば相手の土地は略奪し放題で、そこに住む人々を嬲り殺したり強姦したりするのが当たり前だったよ? だけどおじいさまはそれだけじゃなくて、領地への執着が物凄く強い人だったんだ。とにかく自分の領地を広げたくて仕方無くて、その為なら全然手段を選ばなかった。領地の為に結婚相手を選ぶのはあの時代に限らず何処でもあったけど、だからって自分の後継者である“ジル”と結婚させる為に略奪してきて、おまけにそれに抗議する相手には容赦なく痛めつけた──例え王家に関係してても、ね。それを見ながら育った“ジル”が全然影響を受けなかったら、それこそ奇跡だと思わない?」
「……だな」
ジルの問い掛けに、レドリックは深く頷いた。それを見て苦笑しながら、ジルは続ける。
「だから最初から残酷な性質があったとしても、環境の影響をモロに受けて、それを抑えるどころかかえって増幅されたって思う訳よ。時代性だけじゃない、おじいさまの所為で」
しかしそんな“ジル”にも転機が訪れる。ジャンヌとの出会いだ。
「元々“私”は“彼女”を警戒する勢力の指示で、“彼女”を監視する為に、一緒に行動する事になったんだ。だけど一途で真っ直ぐな“彼女”と出会って、その崇高さ、気高さに触れて、“私”はそれまでの自分を恥じた。神に懺悔さえしたのも覚えてる。
でも“彼女”が捕虜になった上に異端とされて殺されて、用済みだからって助けようとしない国王陛下や貴族達、何より神に向かって“私”は怒りを覚えた。どれだけ“彼女”がフランスの為に、それも神の命令に従って戦ったって言うのに、何故助けなかったのかって」
故に“ジル”は表向きは敬虔な信者を装いつつも、神への信仰を捨てた。“彼女”を見捨てた神など必要無かった。そして自らの手で“彼女”を復活させようとして、錬金術や降魔術へと手を出す様になった。
「確かに錬金術の方は、元々資金繰りの手段の1つとしてやってたんだけどね──その頃にはおじいさまの膨大な遺産から何から使い果たしてたから。でもそこで“ジル”は錬金術で造れるとされてた、ホムンクルスに目を付けた」
つまりホムンクルスと言う人工生命に、“彼女”の復活の望みを託したのだ。
「ちなみに降魔術の方は、呼び寄せた錬金術師達があんまり無能だったから手を出したのが始まり。力が無いなら高位魔族の力を借りればいいって思った訳。……まあ錬金術師にしても降魔術師にしても、実際の所はただの詐欺師だったんだけどね、今の“私”ならともかく、あの頃の“私”は本気で信じてたから」
にも関わらず、その様な復活を“彼女”が望む訳が無い事を、本当は“ジル”も分かっていた。だが、それでもやらずにはいられなかった。“彼女”がいてくれさえすれば良かったからだ。そうしてその聖性に触れて、汚れた自分を諌めて欲しかった。止めて欲しかった。
再び少年達を虐殺する様になったのも、“彼女”が虜囚となったのがきっかけだった。特に“彼女”の面影を見出してしまう少年に対しては、何処までも残酷になった。どれだけ“彼女”に似ていようが“彼女”では無い事は分かり切っているので、その違和感の為に残虐性がエスカレートした。まずは心優しい主人を演じ、少年が安心した所でその首を掻き切り、生きたまま臓物を引き摺り出し、その断末魔に酔いしれた。
それだけ“ジル”にとって“彼女”の存在は大きく、同時に“彼女”以外のあらゆる存在は意味を失くしていたのだろう。そうレドリックが言うと、ジルは頷いた。
「そう。だから“彼女”に似てれば似てるほど、その殺し方は残酷になってった」
何故なら“彼女”は女で少年達は男と言う、絶対的な違いの為だ。
「確かにジャンヌは髪を短くして男装してたし、そうじゃなくても胸もお尻も控えめだったから、甲冑を身に付けてもそんなに違和感は無かったし、男の子に見えても仕方無かったと思う」
だからと言って肉体の性別が変わる訳では無い。少年よりは幾分高い声で突撃を叫び士気を鼓舞し、戦場を駆ける姿は今でもはっきりと思い出せる。そして戦いが終わった後、死んだ味方だけでなくて気の兵士の為にも涙し、神に祈る姿はまさに“聖女”と呼ぶに相応しかった。
だからこそ、である。“彼女”を見捨てた神が許せなかった。本来争いを好まず他者を傷付ける事を恐れる“彼女”をわざわざ戦地に向かわせながら、見捨てた事が許せなかった。そうして殺害方法は残酷さ、陰惨さを増し、降魔術に傾倒し、錬金術による復活を目指した。
だが、やがてそんな日々にも終わりが来る。資金調達のために売却した城の1つ、サン=テチエンヌ城の城主に納まったル・フェロンが、領民に対して過酷な税金を課し取り立てている事を知った“ジル”は立腹し、サン=テチエンヌ=ド=メルモルト教会に押し入り、ル・フェロンを拉致した。
「面白いって言うか不思議に聞こえるかも知れないけどさ、“ジル”はどれだけお金に困っても、領民への増税はしなかったんだ」
そう言う意味では“ジル”は領主としてはまともな方だったのかも知れない。優れているかどうかはともかく、少なくとも際限なく絞り取る様な事はしなかったのだから。
だがこの事件の為に“ジル”は告発され、最終的に逮捕され裁判にかけられる事となる。
しかしこの裁判自体、最早利用価値の無い“ジル”の持つ領地を収奪する為のものだった。元帥としての職務を事実上放棄していた事もあり、国王もそれを支持した。更に公判の準備審理では異端の嫌疑のみが提示されていたにも関わらず、実際の公判ではサン=テチエンヌでの事件や少年殺害に関する供述や陳述などが行われた。聖職者相手はともかく、当時は貴族が平民に対して加虐行為を行っても罪に問われる事は無かったにも関わらず、である。
そこから裁判の裏にある真の目的に気付いた“ジル”は宣誓を拒否し、裁判官や法定の権威を否認する等して、反抗的な態度を取り抵抗の意思を見せた。だが最初からその領地も財産も権力も全て奪う為に仕組まれている上、孤立無援の“ジル”は処刑を免れない事を悟り、侮蔑的言動を謝罪した上で、休廷前に宣告された教会からの破門の撤回を懇願し、起訴内容の多くを事実として認めた。法廷外告白と大審問に於いては、犯罪に繋がる生い立ちと犯罪行為の全てを告白した。
そして宗教裁判所からは死刑を宣告され、続いて世俗裁判所では絞首火刑に処す事が決定された。
刑の執行はその次の日、1440年10月26日の事だった。その際“ジル”は集まった群衆に向かって涙ながらに訴え、己の罪を悔い、許しを願い、共に神に祈るよう懇願した。
「何でそんな事をしたかって言うとね」
無機質な笑みを浮かべながら、ジルは言った。
「表向きには自分の為に、でも本当はジャンヌの為に救いを求めたの。……流石に名前は出さなかったけど、ね」
それは“彼女”の名を汚したくなかったからだ。“ジル”がやった事が“彼女”の為だったとは言え、少年達を犯し殺したのは自らの快楽の為でもあった事に変わり無く、その為に“彼女”の名を穢す事はしたくなかったのだ。とうに“ジル”は神を信じていなかったが、“彼女”は最期まで神を信じていた。故に許しを請うたのも、神に祈るよう懇願したのも、全ては“彼女”の為だった。
もう1つ、そこには“彼女”への懺悔と言う側面もあった。“ジル”のした事は間違い無く“彼女”を哀しませる事であり、何より“ジル”は“彼女”の哀しむ姿を見たくなかった。──例えもう2度と会う事は無かろうとも。
そして“ジル”は絞首に掛けられた。“ジル”の記憶は、そこで一旦途切れている。
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