032.魂の在り処
“nearly equal, not equal”
4.魂の素質─過去と今とで違うもの、同じもの─
それで過去の事を調べてる内に分かったんだけど、と前置きしてジルは言った。
「それまで読めなかったフランス語とかラテン語とかが、読めるようになってたんだ。それも古い方のがさ」
面白いよね、とジルは言う。
実際、元々のジルは他の一般的な<地球>人同様、共通語と出身エリアの公用語──メキシコエリアならスペイン語──しか話せなかった。にも関わらずそんな事が出来る様になったのは、“ジル・ド・レ”としての記憶の為せる技だろう。過去の“ジル”は、貴族ですらその殆どが文盲だった当時にしては珍しく、高い教養を身に付けていたからだ。
「おかげで“ジル”の資料を漁る時は便利だったよ。現代語に翻訳されてない資料があるなら、そっちを読む方が分かりやすかったもん」
「……確かに便利ではあるな」
「でしょ? でもそっちを探す方が大変だったけどねー」
「そりゃそーだ。専門家でも無い限り原文を当たるなんてしねーだろ」
「そーなんだよー。それに逆に今と昔じゃ使い方が違ったり、意味が変わっちゃったりしてる言葉なんかもあるからさ、むしろそっちの方が困ったかも」
ある意味、言葉も生き物だ。どんな言語であろうとも、時間と共に変化する事は避けられない。それは用法や意味が変化すると言った理由だけでは無い、様々な要因で新しい言葉が生み出されるのは必然だった。
「ホント、面白いけど不思議だよね。全然知らなかった事が、前世の記憶が蘇った所為で分かる様になるなんてさ」
「──お前の話を聞いてから、ずっと考えてたんだがな」
そこでやっと、レドリックは気になっていた事を口にした。
「素質には生まれ持った先天的なのと、育った環境による後天的なのがあるらしいんだよな」
「先天的と後天的?」
「大雑把に分けると、だけどな」
レドリックは頷くと、続けた。
「これは前に読んだ本から想像なんだけどな、過去のジルの残虐性とか頭の良さってのは先天的なモンで、男色趣味は先天的なのもあったかもしれないが、環境の所為でそれがより強く出るようになったんじゃないかって気がするんだよ──あの時代はそれが一般的だったみたいだからな。
それでも一応結婚して子供をもうけてはいるが、本当は弟の子供じゃないかって説もある──本当にお前が“ジル・ド・レ”の生まれ変わりなら、実際の所はどうなのか知ってるだろうし、そうじゃなくてもこういうのはややこしいし厄介だから、俺はあえて聞かない」
「どろどろの泥沼だからねー、大体おじいさまが無理やり掻っ攫ってきた相手だったし」
それにレッドは意外とこう言う話題に興味が無いよねと言って、何処か陰鬱な笑みを浮かべるジルに、レドリックはため息を付くと、話を進める。
「それはともかく、更に言うなら先天的な素質には、遺伝子に因るのと魂が持つ素質の2つがあると思うんだ──魂ってのが本当にあると仮定して、だがな。
だから今のお前の運動神経の良さってのはどっちかって言うと遺伝子的な素質で、ショタっつーかそれに限らず少年少女愛好趣味ってのは、案外前世で元からあったのが増幅されて刻み込まれた魂の持つ素質じゃないかと思う訳だ」
更に過去の“ジル”の記憶を思い出して以来出来る様になった事は、全てそれらとは別の前世を思いだした者だけの──ものによっては魂の素質もあるかもしれないが──後天的なものではないかとレドリックは付け足す。しかしそこでジルは待ったをかけた。
「ちょっと待ってよ。確かに男色趣味がおじいさまの影響を受けたからかもしれないってのは否定しないよ──元々その傾向があった事もね。でも、だからってショタまで魂の素質って言われなきゃなんないのよ!」
「お前も散々“ジル”絡みの資料を漁ったんなら分かってんだろ? “ジル”の性欲っつーか肉欲が全部少年に対して向けられてたってーのがさ」
「そうだったね。うっかりすると資料によってはジャンヌに対してすらその少年的な所に惹かれてたなんて書かれてたりして、ホンット大笑いさせてもらったね」
「それにお前だってさっき自分で自分がショタだって言ってただろーが。ついでに女の子も大好きとか何とか付け足して」
レドリックの切り返しに、ジルは反論のしようがない。降参とでも言う様に、ジルは両手を挙げた。
「……分かった、認めるよ。でもあえて1つだけ言わせてもらうけど、“ジル”は頭がいいって言うより、物覚えが良かっただけなんだよね」
「残虐性は否定しないんだな」
「それも男色趣味と同じで、環境の所為で増幅されたんじゃないかって今なら思うけど、でもまずこっちの話をさせて」
勉強が出来る事は、必ずしも頭がいいと言う事にはならない。幾ら“ジル”が高い教養を身に付けていたとは言え、それを活かせなければ意味が無い。
「本当に頭が良かったら、金と権力にモノを言わせて王の側近も穏健派も黙らせてジャンヌを助けられた筈だって思うんだ。だって、理由はどうあれ元帥だったんだから……」
そう言って遠い目をするジルに、レドリックはただ黙って次の言葉を待つ。ジルもそれを察したのか、ゆっくりと口を開く。
「……だけど、それをしなかった理由も分かってる。“私”はどうしても、何がなんでも自分の手で“彼女”を助け出したかったんだ。ラ・イールと共同戦線を張っていても、アランソン公の協力を得ていても、それでも“彼女”を救い出すのは“私”でありたかった──他の誰でも無い、“私”の手で」
だがそれは目的より手段を優先させており、その代償は“彼女の死”と言う取り返しの付かない最悪の結末となって帰ってきた。故に“ジル”の後悔と絶望はより深いものとなった。
「自業自得だって自分でも分かってた。せめてもう少しでもいいから理性的に立ち回っていれば、助け出せたかもしれない。……そう思えるのは、今の“私”があの時知らなかった事を知ってしまった所為かもしれないけど」
過去の“ジル”が歴史に名を残す人物だった事で、今の“ジル”は資料として当時や後世の他者から“自分”がどう見えていたのか知る事が出来る。“自分”がいない所で何が起きていたのかもだ。そしてそう言ったものに触れた為に、今の“ジル”はそれを踏まえた上で過去の“ジル”を同じ視点だけでなく、第三者の視点でも見る事が出来てしまう。
同じ魂を持っていても、完全に同じ存在にはならない。同じ遺伝子を持つ一卵性双生児が、それぞれ違う人間である様に。
「とにかく、“彼女”を永遠に失った事で、“私”は少しずつ、でも確実に精神的に不安定になっていった。そりゃ元々金遣いが派手だったのは認めるし、それで城を売り払った事でおじいさまにしこたま怒られたわよ。だけど幾らあの頃の騎士達の間でとてつもない浪費で世間を驚かせるのが流行ってたって言ったって、あのオルレアンで毎年行われる劇のために10億フラン以上も──あ、フランって言うのは昔のフランスエリアの通貨の事ね──とにかくとんでもない大金を使っちゃうなんて、おかしいと思わない?」
「それが今の通貨に直すとどれぐらいなのかは分からねえけど、ハイパーインフレでも無いのに10億ってだけで充分異常さは伝わるな」
「今の私だって、ストレス発散にぱーっと買い込んじゃう事はあるよ? だけど“ジル”の使いっぷりには、とてもじゃないけど敵わないよ」
そして“彼女”の死以降、“ジル”の少年達の殺害方法はより残虐性を増した。

←32 - 3/32 - 5→
只今挑戦中/original
top/main menu/about/challenge/link/mail