034.ある日の記録


“in the daydream〜書斎の思い出〜”

 コロナの記憶にある“ドラゴンキラー”と呼ばれた青年の姿は、書斎で本を読んでいるものが殆どだ。
 長く伸ばしたクセの無いさらさらの金髪をコロナと同じ様に結わえ、端整ではあるが何処か無機質な顔と線の細い体格から、この人物がドラゴンキラーであると言われても大半の者が容易にはそれを信じられなかっただろう。──尤も、マナの英雄が1人であると言うイメージが世間一般に広く浸透してしまっている事を考えれば、それは仕方が無いのかも知れない。
 確かに彼は戦士ではなかった。魔法使いでもなかった。彼は自らを“術士”だと言っていた。コロナやバドが使う魔法とは全く違う魔法の様なもの、“術”を駆使して彼は“ドラゴンキラー”となったのだった。
 他の2人が頻繁に外出していたのに対して、青年はその殆どを書斎で過ごしていた。いつも1度に何冊も本棚から出しては机に積み上げ、時にページを飛ばしながら、時には何時間も──場合によっては何日も──同じページと睨み合いながら、メモを取ったり何やら呟いたりしていた。それは元の世界に戻る手掛かりを探す為だったと言うが、どちらかと言うと魔法の研究をしている方が多かった様にコロナには思えた。
 そんな訳で、魔法学園で教わった事を青年に話す事もよくあった。
「……この楽器が魔法を発動させる為の手段の1つだと言う事は分かった」
 コロナ愛用の魔法楽器の1つを手に取り、青年は言った。
「だがこの楽器を作る為に必要な精霊のコインを手に入れるには、その楽器で音楽を演奏して精霊を満足させなければならない──だったな?」
 その確認にコロナが頷くのを見ると、青年は更に質問を重ねた。
「その演奏は必ず魔法楽器でなければならないのか?」
「──え」
 思いも寄らないその問いに、コロナは返答に困った事を覚えている。そして魔法学園を放校になった事を予め断った上で、魔法楽器以外で精霊を満足させたと言う話は聞いた事が無かったし、実際に試した事も無いと答えたのだった。
「でも、それがどうしたんですか?」
「おかしいと思わなかったのか?」冷ややかに青年は言った。「精霊からコインを手に入れる為には魔法楽器が必要だと言うのに、その魔法楽器を作る為には精霊から手に入れるしかないコインが必要とされる。矛盾しているだろう」
「それは──そうですね」
 言われてみれば、確かにその通りだった。コロナにとって魔法は“使う事が出来る”と言う以上の意味を持っていなかったので、魔法学園に通っていた頃も、自分にとって出来て当たり前の事を学ばされて何の意味があるのかとずっと思っていた。しかしそんな“当たり前”と思っていた事の中にもそう言った所があると、コロナは初めて気付かされたのだった。
 青年の視線を感じながらコロナがそんな事を考えていると、青年が呟いた。
「……異常な事というのは、少し考えてみれば幾らでも周りに見付ける事が出来る。そこから更に考えを発展させる事が出来る者を、我々は必要としている……」
「え?」
 反射的にコロナは聞き返したが、しかし青年は首を振った。
「何でも無い──いや、昔ある人が言っていた事を思い出しただけだ。どうもお前を見ていると、昔の自分を思い出して仕方が無い」
 流石にその言葉には不審を感じて、コロナは半目になって聞いた。
「……似てますか?」
「何処がどう、と言う訳では無いがな」
 あっさりと青年にそう言われ、分かっていたとは言えコロナはがっかりしたのだった。
「どうした?」
「……いいえ……」
 この青年は、どうも自身のだけでなく他人の感情の動きにも鈍かった。それはその外見も相まって冷徹な印象を与え、コロナも最初の頃は魔法学園の校長であり教師であったメフィヤーンスの様な不要なものを切り捨てる人物なのだと思っていた。しかし後にメフィヤーンスがそれだけの人物では無かった事を知った様に、毎日の様に書斎で会話を繰り返していく内に、この青年もまたそうでは無い事を理解した。とにかく、単に鈍いだけだったのだ。

 …………

 これは後に知った事だが、青年は元居た世界のこちらで言う魔法学園の様な所でその“術”を体系的に学んでいたのだそうだ。そしてそこを卒業し完璧な術士となる事を目指して旅する内に、失われた術や新たな術の研究開発に興味を持つ様になったと言っていた。
「それじゃ、魔法の事を調べているのも……?」
「俺達の世界では“魔法”なんてものは無かった」頷きながら青年は言った。「もしかすると昔はあったのかも知れない──こうしてここに存在するのだからな。ならば、ここに居る間に出来る限りの知識を仕入れ、可能ならば使える様になっておきたい、そう言う事だ」
 そう応える青年は自信とやる気に満ちていて、しかしコロナは何故か“ずるい”と無性に思った。今にして思えば、それはバドに対してでさえ感じた事の無かった──魔法に関して、という注釈は付くが──嫉妬と羨望の現れだったのかもしれない。だが同時に、自分が目指すべき“何か”を見た気がした。

 …………

 やがて帰る方法が見付かったのか、3人は“あの木に登ってくる”と言って姿を消し、更にその後バドも修行の旅に向かい、マイホームに居るのはコロナ1人になった。時折訪れる英雄と行動を共にした者達とあの頃の話をしながら、この書斎で魔法について──そして青年の使っていた“術”について研究をしている。
 魔法に関しては時折魔法学園に顔を出して、今も学園に残る昔の同級生や教師達と議論を交わす事が出来るが、術については青年の残したメモと2人のドラグーンから伝え聞く青年の話、そしてコロナ自身の記憶と経験だけが手掛かりだ。コロナが生きている間に1つの体系として完成させる事は難しいかもしれないが、基礎を作る事が出来ればそれでもいいと思っている。
 しかし、それでも研究を続けられるのは、今でもあの青年への憧れが消えないからだとコロナは思う。──興味の対象となったものをとことんまで追求していく、その姿に。
end
よんだよ


 ←33/35→

 只今挑戦中あとがき?

 聖剣伝説Legend of MANAin the daydream

 topmain menuaboutchallengelinkmail