043.Nasty


“エンダー”

 いつもの様にあいつらに殴られて蹴られて……財布をとられた。
 でも中身の少なさに腹を立てたあいつらは、私の服を全部はぎ取って漁って、それでも何も無かった事に逆ギレしてその服を投げ捨てた。
 問題は、ここが屋上って事。
 あいつらは屋上の扉の鍵を掛けてった。裸にされた私はここから動けない。動ける訳が無い。でも誰かにこんな姿を見られたくない。
 午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。それを頭を抱えてうずくまったまま無気力に聞き流す。
 ──また先生がうるさいだろうな……
 どれだけいじめられてる事を言ったって、あなたが悪いのひと言で片付ける。何処の学校でも認めたがらない所は同じだ。
 そしてそれは両親も同じ。全部私が弱いからだと言って終わらせ、学費が勿体無いからその程度で休むなと言う。
 誰も私の話に耳を貸さない。何処にも私の居場所は無い。生きてる事に価値を見出せない。
 自殺を考えた事もある。だけど葬式で上辺だけの涙を流して、終わったらすぐに私を忘れるに違いない。例え遺書を残した所で、死人に口無しとばかりに誰もがシラを切り通すだろう。結局無意味だ。
 みんな殺してやろうかとも思った。だけどそんな事で私の人生を無駄にするのはもっと御免だ。
 無神経な程押しつけがましく親切な奴は言う──生きていればいつかいい事があると。
 いつかっていつ? そりゃニュースで流れる戦場で生きる人達に比べればマシかもしれないけど、今こんな所で生きてていい事なんかあるとは思えない。
 何もかも消し去りたい。全部壊してやりたい。
 そう思った時、何かが私にかぶせられた。
“君のでしょ? 戻しておくよ”
 同時に誰かがそう言う。でもそれより恥ずかしさと怒りでうるさいと言い返そうと思ったら、

 声が出なかった。

 起き上がりたくなくて顔だけ横に向けたら、何故か屋上ではなく階段の踊り場に私はいた。それも剥ぎ取られた筈の服を着た状態で。
 思わず膝立ちになって辺りを見回す。窓からは陽が差し込んでいて、ムカツク様な青空が広がっている。屋上に続く階段、その踊り場だ。
 屋上へ出る階段の途中に、少し大きめの紙が落ちてるのが目に付いた。あいつらに引きずられる様に連れてかれた時、こんなのは無かった。あればあいつらはわざと私に踏ませて突き落としてただろう。
 妙に気になって、それを手に取る。それは6月、今月のカレンダーだった。上半分に絵や写真、下に日付が入っているタイプのだ。ただおかしな事に、その上半分は真っ白だった。──なんだけど。
 ぐしゃぐしゃに丸めようと思ったその時、真っ白だった部分にゆっくりと、じわじわと絵が滲み出てきた。いや、絵じゃない。写真だ。それも、あの屋上の。あいつらが私を殴って蹴っている所の。
「な……んで……」
“その出来事を抜き取ってそこに映したからだよ”
 さっきの声だった。振り返ると、いつの間にか開いていた窓の桟に足を組んで腰掛けている、シルクハットを被った燕尾服姿の誰かがいた。古典的な、手品師の様な格好だ。
 だけど誰と聞くより先に、怒りが湧いてくる。
「見てたの……? 見るだけ見てて、こんなモノ撮ったの……ッ!」
「落ち着きなよ。これは君に暴行を加えてた子達の記憶を抜き取って……うわ、だから落ち着いてって」
 今度こそ丸めたそれを、そいつに投げ付けた。でも悔しい事にあっさり避けられてしまった。
「うるさいっ、黙れッ、どっか行ってよ、あんたも、あいつらも、みんな消えろッ!」
「だから落ち着きなって」
 衝動のままに言葉をぶつけると、そいつはふわりと音も無く私の前に降りてきた。
 そして、諭す様に言う。
「もし君が望むなら、代償と引き換えに君が消えて欲しいと思うモノの存在を消してあげるよ。さっきの屋上の出来事の様に」
 でも今のはサービスにしておいてあげると、そいつは続けた。けど。
 うさんくさい。うさんくさすぎる。
 顔をしかめてやりたい所だったがあえてそれを表に出さず、私はそいつに背を向けて階段を降りる。付き合ってられない。
「おーい、何で無視するかなあ」
「あんたバカ? そんなの信じられる訳ないじゃない」
「じゃあ何で脱がされた筈の服を着てるの?」
 それを言われると流石に無視出来ない。勢い良く振り返ってそいつを睨み付ける。
「何それ脅し?」
「取引だよ。言っただろ、代償と引き換えに消してあげるって。君に相応の代償を払う覚悟があるなら、僕は君が消したいモノを消し去る事が出来る」
「──代償って、何?」
「消すモノの質と量次第だね。記憶なら記憶、存在なら存在ではあるけど」

 キ ケ ン ダ

 本能がコイツは危険だと叫ぶ。信用出来無い。だけど同時にどうしようもなくその取引に乗りたくて仕方が無い。
 それが自ら崖から飛び降りる様な事だと分かっていても、衝動のまま破壊し尽くすより手際よく綺麗に消してくれると言うのなら。
「だったら、あいつらを消してよ。私をいじめる連中を、見て見ないふりするクラスの奴らを、いじめなんて無かった事にしたがる教師共を、ウチの両親もきょうだいも全部消してよ。その上でなら、私の事を消してくれていい」
 何もかも消してやりたい。壊したい。そう願って止まない私すらも。
 そいつが片方の眉を上げる。顔には面白いとでも言いたそうな笑み。そして、ゆっくりと口を開く。
「色々消したいモノがあるんだね──その分代償は大きくなるし消す度に代償を貰う事になるけど、後悔しないね?」
「あんたのその言葉に嘘が無いなら構わない」
 もうどうだっていい。とことんうさんくさい奴だけど。
「それなら契約成立だ。僕はエンダー。君は?」
「サキ」

 消す対象が多い事から何回かに分けて行うのと、利用出来る状況があればそのタイミングに合わせると言う事、何よりこのカレンダーを媒介にして消すと言うので、7月になったら最初の対象を消去すると告げてエンダーは姿を消した。
 帰り道、あちこちに張られてたマジックショーのポスターが目に付いた。そこにはあの格好でポーズをとったエンダーの姿があった。カードマジックをメインに、消失系のものもやるらしい。
 ただそこに記されていた名前は、アンドリュー・ザ・マジシャンとなっていた。エンダーと言うのは愛称か何かなのだろうが、私にとってあいつが何者かなんてどうでもいい事だ──契約さえ果たしてくれるのなら。

 そして7月の初め、私をいじめる連中の1人が死んだ。塾の帰り、冠水した道路で迎えに来た親の車から出られずに。
 とっくにマジックショーは終わっていたが、エンダーはカレンダーを手に現れた。
「いきなりリーダー格の子を消すと、後々手間が掛かるからね」
 さらりとそう言って渡された、カレンダーには水に浸かった車の画像。

 8月のカレンダーには高波の画像。台風の所為だ。
 波に呑まれたのは、7月に死んだ奴を除いた残りの連中。部活の合宿先で、逃げ遅れて呑まれたと言う話だ。
 だけどこの画像が浮かび上がった時も、その話を聞いた時も、私は何も思わなかった。ざまあみろとも、これでイジメも少しはマシになるとも。
 まるで感情がマヒしてしまったみたいに。

 9月は始業式の日に起きた。制御不能になった戦闘機が校舎に突っ込んだのだ。画像も当然その瞬間。
 職員室は直撃を受け、クラスの担任を始め、私がいじめられている事を無かった事にしていた教師は全員死んだ。他にも部活とかで残っていた生徒も何人か巻き込まれ、しばらく休校になった。

 10月、それでも修学旅行は行われた。中間の後。行き先は四国。
 前日にエンダーが現れて、11月分で終わるから纏めてやると言い残してった。
 新幹線や観光バスを乗り継いで瀬戸大橋を渡る。この4ヶ月の間に身近な人間があれだけ死んでいても、その行程はそんな事を欠片も感じられないくらい賑やかだった。それを口に出すのをタブーにしてるのか、もう忘れてしまったのかは分からないけど。
 そんな賑やかさ、騒がしさを遠くの世界の出来事の様に眺めながら、私はエンダーの言う代償の事を考えていた。
 少なくとも、既に感情が代償として支払われたとは思う。だけど完全に無くなった訳じゃない。酷く薄まった感じ。
 その中で何もかも消したい、壊したいと言う部分だけは、意図的にほぼ元のまま残されてる気がする。多分それがエンダーと契約を交わした理由だからかもしれない。
 もう1つ、支払われていると思うのは記憶だ。これも全てじゃなくて、いわゆる“想い出”に分類される類を。逆に勉強してきた事などと言った知識には、まだ手を付けた様子が無い。そうは言っても、契約が全て果たされた時にどうなるか分からない。

 修学旅行は4泊5日。3日目までは何も起こらなかった。
 だけど4日目の朝食の後、臨時採用でウチのクラスの担任になった若い教師が私を呼び出した。修学旅行に同行している教師達の部屋の一室、そこへ教師全員が揃って何を言うかと思ったら、昨夜私の家が火事になって家族全員が死んだと言う事だった。
 とは言え折角の修学旅行だからと、親戚や近所の人達が葬式の手配や準備、そしてこの先の私の身の振りも含めて話し合っておくから最終日まで楽しんでこいとも告げられた。普通の奴がそんな事を言われて楽しめるのかとも思ったが、むしろ遺産とか誰が引き取るかと言う厄介な話し合いがあるから、すぐには返ってきて欲しくないだけなのだろう。
 教師達も居心地が悪そうに空虚なお悔やみを口にするので、私はそうですか、とだけ言ってその場を離れた。

 4日目は金毘羅参り。その後宿へ。宿へ行く時間が早い代わり、自由行動が長めに取られてる。長い階段の上り下りで疲れている筈なのに、むしろ最後の夜と言う事で、みんな浮き足立った感じで宿に荷物を放り出すなり外へ繰り出したり夜の計画をこそこそ話し込んでたりする。
 私は最初宿で時間を潰そうと思ったが、外に出る事にした。別に目的は無い。ただ何となく出ようと思っただけだ。
 とりあえず表参道へ続く商店街へでも行ってみようかと思いながら宿を出ると、エンダーが居た。
「やあ」
 そう言って11月のカレンダーを差し出す。そこには焼け落ちた家の画像。
「10月は?」
「これからだよ。それでおしまい」
「それで最後の代償を取りに来たの?」
「それもある」
 そう言って私の目の前で、合図の様に手を叩く。白手袋を嵌めた手。
 次の瞬間、私はフェリーの甲板に立っていた。最終日の5日目、本州に戻る行程だ。
 足元には10月のカレンダーが落ちていた。沈没する船の画像。
「……ふーん」
「あれ、それだけ?」
「その辺の感情はもうとっくにあんたが代償として持ってったんじゃない。それとも、金毘羅参りの帰りに船が沈没なんて、皮肉だって言って欲しかった?」
「それもあるけどさ」
 それにしたって何故いきなりここにいるのか聞くもんじゃないと言うので、聞くだけ無意味だからと返した。
「私の存在自体を代償にするんでしょ?」
「契約執行には必要だからね」
 悲鳴や訳の分からない叫びが聞こえる。フェリーが傾ぐ。でも何故か、自分から切り離された別の世界で起きてる様だった。
「言い残す事は?」
「無い」
 そう答えると、エンダーはやれやれとでもいう様に苦笑した。そして私の頬を包む様にその両手が伸ばされ、私の体は動かなくなった。
 なのに、意識ははっきりしている。
「最後の代償は、君の自我だよ」
 私の体を抱きかかえながらエンダーは言った。
「君は少し勘違いしてたみたいだから教えてあげるけど、僕が1番欲しかったのは君のその強い破壊衝動。でもそれを代償にすると必要な時に使えないから、その衝動だけを残した君の体を人形として貰う事にした。この先、君は僕の人形として過ごすんだ」
 意識があるのは衝動を残してあるから。身体が動かないのは自我を奪われたから。そして自我を奪われた私はもう、何も考える事は無い。ただ何かを壊したくて仕方無い、それだけ。
「安心していいよ、衝動が抑えられなくなったら、僕が力を貸してあげる」
 わざわざ顔を見ながらこの世の終わりまで、破壊の化身としてと言うエンダーは、とても楽しそうだった。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

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