080.オリジナルライフ
“the point of no return”
2
彼が幾ら不測の事態に備えて“彼”を作っていたとは言え、もしかすると本当にその時が来るとは思っていなかったのかも知れない。
アクセス拒否の原因はすぐに判明した。案の定“あの人”が彼のラボそのものを封印していたのだ──しかも彼の死後間もなく。それもその筈、“あの人”もまた彼の生命反応をチェックしていたのだった。
確かに“あの人”から依頼を受けた際に、後々面倒な事にならない様にと個人的な制作物である“彼”に付いては一切口出しをしないと言う条項を、契約の一部として加えさせてはいた。──但し、その技術のフィードバックに関しては拒否する理由も無かったので受け入れたが。それにしても折角苦労して作り上げた“彼”が、彼以外の誰かに因って乗っ取られるのを嫌ったからだ。
にも拘らず、“彼”が自力で外に出る為の手段を複数用意していなかったのは明らかに彼のミスである。例え“ここ”が“あの人”の手の中であっても、そして“あの人”を出し抜くのが容易ではない事が分かっていても、それぐらいの手段を講じるぐらいの事が出来なければ意味が無かった。
だからハッキングを開始して間もなく“あの人”の方から通信が入って来た時、“彼”は安堵のパターンと不安のパターンの入り交じった複雑な波形がコアの中を駆け巡るのを知覚したのだった。
…………
──随分と手回しがいいですね。
モニタリングまでされていた事に、少しばかり憮然とした波形を付けて返す。だが“あの人”は、それも計算の内だったかの様な笑みを付けて返事を寄越した。
「君の所から情報が漏れては困るからな。当然だろう?」
──それはそうですけどね……
苦笑の波形を付けて返す。確かに彼が“あの人”からの依頼を受けていた事もあって“彼”は連絡を付けようと思ってはいたのだが、それでもやはり先手を打たれたのが“悔しい”事に変わり無い。
そこでふと、感情プログラムがきちんと動作している事にやっと気が付いた。“悔しい”と感じたのが彼の人格マトリクスに由来するものなのか、それとも“彼”のロジックから導き出されたのかはさておき、彼が最も力を入れておりまたそれ故に“彼”にインストールしてからも試行錯誤の続いたプログラムだけに、無事に機能している事に“安堵”した。
「どうした?」
感情を示す波形だけが伝わってしまったらしい、それに気付いた“あの人”が聞いてくる。“彼”はこれが人間の時なら本当にくすくすと笑っていただろうと考えながらも、ひとまず話題を修正する事にした。
──いえ、それより、お願いしたい事が幾つかあるんですが……
…………
「──君をこのままそこに格納しておけと?」
その反応は、やや呆れ気味だった。
──ずっとではありませんよ。出る前に調べておきたい事があるんです。
それはT260Gの事だった。恐らくは現在のメカのルーツと思われるそのコアの作りから、今よりも遥かに進んでいたとも言われる過去の超文明の技術の一端が分かるかもしれないからだ。
──なので、それを調べる為に貴方から高レベルのアクセス権限を戴いておこうと思いまして。何でしたら、T260G君が来るまでの間だけでも貴方のサブコンピュータ扱いにして、貴方が接続している様に偽装するのでも構いませんよ。
「私が中身を書き換えるかも知れないぞ?」
その口調から“あの人”が意地の悪い笑みを浮かべているだろう事が計算される。しかし“彼”もまた“自信”の波形をふんだんに付けて返した。
──生憎“ぼく”はそこらの量産品とは違いますから、“ぼく”以外の誰かがいじるとプログラムが正常に機能しなくなる可能性が高いですよ?
「それは困る。彼が君になっても、まだやって貰いたい事があるのでな」
──依頼の事ですか? あれなら、余程の不具合が出ない限りは“ぼく”がいなくても大丈夫じゃないですか?
「それだけとは限らんさ」
淡々と“あの人”は返して来た。
「彼の記憶を受け継いだ君以上にメカに強い者はいないだろうし、君の方が都合がいい事もあるからな。それにどうせサブコンピュータ扱いにするのなら、君を使わない手は無いだろう?」
“彼”は弱い降参の波形を返した。
…………
「しかし、彼が発行した特定のパスの機能を維持させろと言うのはどういう事だね?」
──1つだけですよ。例のコアの主、T260G君に与えた分だけです。
「1つでも十分問題だ」情報・警察部門の統括者らしい厳格な調子で“あの人”は返した。「それにパスの件に限らず、君はそのメカが君の所を訪れたらラボから出るつもりだと言うが、そのメカが訪ねて来ると言う確証はあるのか?」
──いいえ?
あっさりと“彼”は返す。更に来るとしてもその確率はかなり低いと付け加えると“あの人”から軽い脱力感が伝わって来た。感情プログラムを通して人格マトリクスの方が“勝った”と感じているのを知覚しながらも、“彼”は計算には不要なそれらを切り離して先を続けた。
──“ぼく”の所に来るかどうかなんて、この際どうでもいいんです。ただ、現在トリニティで使用されてるメカのコアに僅かながらも共通点がある以上、そしてぼくがそれをT260G君に伝えた以上、T260G君がその情報を頼りにトリニティの関連施設などを調べる、または訪れる可能性は限りなく100%に近いです。
それはT260Gが欠損したままの記憶領域の向こうにある、自らのルーツと課せられた任務を求めるが故に必然であった。ならばトリニティのネットワークを利用して、その動向をチェックすればいいだけの事だ。
「それで? 君はどうするつもりだ?」
──T260G君の失われた任務の内容を確認します。その先は状況次第で変わりますが。
T260Gが任務を与えられたのが超古代の文明期である為、現在ではその任務の目的や対象が失われている、或いは完了している可能性が高いからだった。だがもしまだその任務が継続状態にあるならば、T260Gのコアが戦闘目的で作られている以上、かなりの危険を伴うものである事は確実だった。
──だからその場合、貴方にも協力を要請しますのでよろしくお願いします。
「……かなり厄介なお願い事だな」
難しい顔をした“あの人”のイメージが伝わって来たが、しかしもうその時のシミュレートを始めているだろう事が容易に計算出来た。
「まあいいだろう。その代わり、逐一報告してもらうぞ」
──当然ですね。やって戴く以上、必要なデータは残らず集めておきましょう。
異論は無かったので、“彼”は“同意”の波形を返した。
…………
ラボの封印が“彼”に対してのみ解除され、行動の自由もある程度の保証を得た事で“彼”は形式上の“感謝”の波形を返して“あの人”への接続を一旦切ろうとした。だが、そこで思い出した様に“あの人”が聞いて来た。
「君が作られた最大の目的は何だね?」
全てのメカには必ず作り出された理由がある。生前彼がそう言っていた事を“あの人”は知っていた。その上での質問だった。
「君は今、T260Gと言うメカを追ってはいるが、決してその為に作られた訳ではない筈だ。そのメカと彼が遭遇するより遥か前から、彼は君を作っていたからな」
その通りだった。彼がT260Gに最初に出会った時には、既に“彼”は今の姿になっていた。そう、“完成品”になっていたのだ。
「だが単に趣味的に作り出したにしては君の持つベクトルは非常に高い。つまり何らかの目的があって作られている訳だ。勿論、後付けであのメカが君の行動目的の1つになっているだろう事は考えられる。生前の彼はそれ程あのメカに対して執心していた。そうだろう?」
“彼”が“肯定”の波形のみを返すと、“あの人”は暫しの間を置いて続けた。
「……何にせよ、君の製作目的やスペック等には分からない事が多い。そして君も知っての通り、私は不確定要素を好まない──少なくとも、君が超古代の技術の研究を続けさせる為だけに作られたとは思っていない。故に、そこの所をはっきりさせておきたいのだよ」
それはそうだろうな、“彼”は思った。“あの人”には長年密かに進めて来たと言う計画がある以上、ここまで来て失敗する訳にはいかないだろうから。
そしてそれに彼が関わってしまっていたからには、“彼”もまた無関係でいられる筈も無かった。だから“彼”は全ての感情の波形をカットしたプレーンな状態になって応じた。
──安心して下さい。“ぼく”は貴方の邪魔をするつもりはありませんから。
「本当に?」
念を押す様に“あの人”は返す。“彼”はやはり波形を付けずに応えた。
──一応“ぼく”にも例の三原則はセットされてるんですよ? 嘘をつける訳が無いでしょう。
「だが、あえて言わない事なら出来る」
──命令された範囲で、ですがね。
そう応えながらも、“あの人”に本気で問い詰められたら全部明かさざるを得ないだろうと“彼”の人格マトリクスの中の彼の“経験”が訴えていた。
だが、意外にも“あの人”はそれ以上は聞いて来なかった。
「無理に聞き出しても事態が流動的な所が多いのが現状だからな、彼が君に掛けたプロテクトがどう働くか分からない以上はこの程度にしておくか」
それはその気になればいつでも聞き出せると暗に言っている様なものだったが、それでも構わなかった──今はまだ、他の誰にも話せる時期ではなかった。
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