084.塞がれた穴
“breakdown〜real or delusion?〜”
5
……微かに、誰かの声が聞こえる。
「また、お手数を掛けさせてしまった様ですね」
それは聞き覚えのある声だった。思い出そうとしてみたが、痛みで集中出来ない。身体は動かず、目も開かないので確認する事も出来なかった。
「いいのだ、永く続いて来た死の楔を断ち切る為、必要だからやっているだけの事。あなたが気に病む必然は無い」
続いて聞こえて来たのはそれに応える男の声だった。声は若いがその喋り方には不思議と落ち着きがある。
「……あの子が死んでしまった以上はこの子がその責を負うしか無いと、あなたもそう思うのですか?」
「この娘なら十分に役目を果たす事が出来るだろう。だが過去の瑕がどう影響を与えるか分からぬ。だからあの時、封印したのにな……」
「運が悪かったのでしょう。様々な偶然が重なって、結果的にあの時と同じ状況が再現されてしまったのですから」
この娘というのはエレンの事か? もしエレンなら、過去のキズというのは恐らくステルバートさんの事だろう。だが、それと封印の意味がどう繋がるのかが分からない。
ひたすらに続く痛みで思考力が保てなかった。2つの声がどんな声で喋っているのかさえ分からなくなって来る。
「とりあえずまた血を抜かせてもらうが、問題はこの男だ。幾ら高い魔力の持ち主であろうと、人間である事に変わりは無い。……どうする?」
「どうするも何も、この子にただひと言、言わせればいいのです。必要なのはこの子に封印を施し、暗示を掛けるだけ。後は適当な場所に放り出せば」
「放り出すか。なかなか厳しいな」
「過保護はこの子の為になりません。母には既に役を果たすだけの力が無く、私は月に病み、そしてもう1人の娘に問題がある以上はこの子に期待するしかありません。幸いこの子は私達と違って術に頼らない戦いが出来る。後はただ──…………」
やがて声が遠くなって、意識も遠くなった。
…………
気が付くと、俺はベッドの上にいた。
首を動かし、辺りを見回す。しかし右を向こうとした途端痛みが走った。布団をめくって見てみると、上半身を裸にされて右腕を中心に包帯が巻かれていた。
起き上がろうとした。しかし、何だか頭がぐらぐらする。おまけに勢い良くドアが開く音がして、俺は思わず呻いた。
「……エレン、ケガ人がいるんだからもう少し静かに開けた方が……」
「ゴメンゴメン」知らない女の声に諌められ、謝るエレンの声がする。「やっぱ普段からそういうクセついてないもんだから……って、あれ?」
とりあえず動く左手を挙げてひらひらさせたのに気付いたんだろう、エレンがつかつかとベッド側までやって来た。
「やっと目が覚めたんだね。良かった〜」
エレンが安堵の笑みとため息をこぼした。どうやら俺はかなり長い事眠っていたらしい。でもとりあえず俺はここが何処なのか聞いた。
「ポドールイだよ」さらっとエレンは言った。「ポドールイの、マンドラゴラハンター組合の集会所」
それは俺達の目的地だった。
「キズの具合の割りに眠りが深かったんで、心配だったんですよ」一緒に入って来た女性が言った。「私達は仕事があるんで、看病は殆どエレンがしてたんですが」
「だって、半分以上あたしのせいだもん」
かなりつっけんどんにエレンは言ったが、多分照れ隠しもあったんじゃ無いかと思う。エレンはあまりそういう部分を見せたがらないから。
その態度に女性はくすくす笑い、そして俺に向かって言った。
「あそこのクロゼットに予備の服が入ってるので、良かったら使って下さい」
「あ、どうも」
それだけ言うのがやっとの俺に女性はにっこりと笑いかけ、そして部屋を出た。何故か俺はその笑みに、見覚えがある様な気がした。
「今の人は?」
「ああ、マーシャさんって言ってここのハンターの1人だよ。昔ウチにも何度か来た事があるから、もしかしたらトーマスも会った事あるんじゃない?」
なるほど。
「で、マンドラゴラ狩りに出られない時なんかは対外交渉とかもやってるっていうから聞いてみたんだけどさ」
言いながら、エレンはぐりっと勢い良く俺の方に向き直った。
「ここ2、3年ツヴァイクポーションには前の1.5倍ぐらい卸してるって言うのよ。でもさ、あのおっさんが数が足りないとか言ってた割にはそんなにはやってるカンジじゃなかったじゃない?」
「……そうだな」
ツヴァイクでの事を思い出しながら俺は頷いた。そんなに前じゃない筈なのに、何だか随分昔の事の様な気がする。
「怪しいと思わない? 案外横流しとか闇ルートで密売してるとかやってたりしてさ」
それはあるかもしれない。紙を見せられ慌てて出て行った中年男の様子からして、そういった事を想像させてくれるのは確かだ。
「それともう1つあるんだけどさ」
エレンは側にあった棚の引き出しから1つの瓶を取り出し、俺に見せた。「これなんだけど」
それは薬瓶だった。一般的な傷薬のものだ。そしてそれは、俺達が日常的に使っているものと違いは無い。
「あたしらはさ、薬を買いに来たワケだよね? でもさ、こっちでここまでやってから出荷してるんだって。別にこれ以上いいものを買って来いとか言われてないしさ。どう思う?」
「俺達にはこれで十分だもんな……」
つまりエレンはツヴァイクでも言っていた様に、直接ここで取り引きした方がいいと思っているらしかった。しかし。
「……そうだな、次からそうする様に、シノンに帰ったら俺からも言ってみるよ。でも、今回は大人しく向こうで買い上げた方がいい」
「何でよ!?」
「注文した時に、幾らかの金が払ってあるからさ。そういう話は聞いてないけど、俺達に持たされた金と持ち帰る予定の薬の量からして、多分、そうだ」
「また向こうに行くの……」
ぐったりと、エレンは椅子に座り込んだ。そりゃそうだ、またツヴァイクから船でミュルスに出てロアーヌを通ってシノンに戻るより、ここから直接帰った方が早いのだから。……モンスターが出没する事を差し引けば、だが。
「しょうがないだろ、どっちにしたって俺達だけじゃ決められないんだから。それにこの俺のケガ、どう言い訳する?」
「う」
エレンは呻きつつも、俺の方に顔を向けた。
「だからそれは謝るわよ。最初にこっちに来るって言い出したあたしが悪いんだもん。ゴメン」
そう言ってエレンは頭を下げた。流石にそう来ると思わなかったので、俺は慌てた。
「い、いや、そうじゃなくて、止められなかった俺にだって責任はあるし、その」
しかし、エレンは肩を震わせながらくぐもった笑いを洩らしていた。そして頭を跳ね上げ、大声で笑い出した。
「な、なんだよ!?」
だがエレンは、笑いがおさまると首を振った。
「何でもない。ただちょっと、あたしが認めてもらえる様にはまだまだ早過ぎるんだなって」
この時、エレンは何に対してそう言ったんだろう。村の大人達にか、この仕事を任せるといった母親にか──それとも。
痛みの中で聞いた誰かの会話が頭をよぎる。聞き覚えのある声と謎の男の声。よく考えてみると聞き覚えのある方はエレンの声に似ていた。でも、違う。そうなるとアリステアおばさん──エレンの母親なのかとも思うが、それはあり得なかった。ここにいる筈が無い。
少ししてやっと落ち着いたのか、エレンは1つ深呼吸すると、言った。
「でもホント、大変だったんだから。あの後はもう何にも襲われなかったからいいけどさ。だけど、ユリアンにカゼうつされてたんならもっと早く言ってよね」
────え?
「カ……カゼ?」
「そーよ、すっごい熱だったんだから。馬のところまで運ぼうとして抱え起こそうとしたらむちゃくちゃ熱いんだもん、びっくりしたわよ。おまけにずっと何かぶつぶつ言ってるから怖かったしさー」
どうも状況がよく分からなかった。大体、俺はカゼなんかひいてた覚えは無い。
エレンがここまで運んで来てくれたのだろう事も分かる。エレンの出したあの衝撃波がモンスター共をことごとく倒しただろう事も想像出来る。
そもそもエレンの態度からしておかしかった。あれだけ異様な事をやってのけたのに、何でこれ程あっさりして──落ち着いていられるんだ?
「何よ、人の顔じろじろ見て」いつかと同じ言葉をエレンは言った。
「……俺達、古い砦でモンスターに襲われたんだよな?」
「そうだよ?」
「エレンがゴブリンを始末したんだよな?」
「そう。それからクモも」
「それで俺が狼の群と戦って」
「最後に残った1匹に襲われてケガをした」
「!?」
それを聞いた俺は、反射的に起き上がろうとして痛みに呻いた。人狼にやられた所だ。
「何やってんの、ケガした手で起きようったって無理だってば」
いつもと変わらない態度でエレンは俺をベッドに寝かせ、布団を掛ける。俺はされるがままになって、だがエレンから目を離さずにいた。
「人狼じゃ……なかったのか?」
「はぁ!?」
エレンは、訝る様に俺を見た。俺はもう1度、どうしても確認したくて聞いた。
「1匹だけ、人狼が混じっていたんじゃなかったのか?」
「何言ってんのよ、そんなのいるワケないじゃない」呆れた様にエレンは言った。「そんなのがいたら、あたしら生きてここに来てないよ」
「だって、エレンが……」
「あたしが、何?」
エレンがまっすぐ俺を見る。その目に俺は少し怯んだが、それでも俺が見たまま、憶えているままにあの時の事を話した。
俺の話を聞き終えると、エレンは深いため息をついた。
「……トーマス、1つ聞くけど、今、どのくらいまで見えてる?」
言われて俺は右を向こうとした。が、それがケガをしている方なので向くに向けない。俺はエレンの手を借りて身体を起こし、目を凝らした。
「……そこの棚に何かが載っているのは見える」
それは花瓶だった。花瓶には花がささっていた。でも言われなければそれが何の花なのかは分からなかったし、それが花瓶と言うのも経験から来る判断でしかなかった。
「それでさ、何で人狼に化けるのが見えたの?」
それを言われると痛かった。俺だっておかしいと思ったのだ、反論出来る訳が無い。
「トーマス、それやっぱ夢だよ、夢。でなきゃ幻覚。あそこに行き着く前から顔色悪かったもん、そんなん見えたってしょうがないよ」
そうかもしれない、俺は思った。どこかで納得しきれないものがあったが、全部夢だったのならその方がいい。いくら辺境だからと言っても、森の中を人狼がうろついているなんて冗談じゃ無い。そう、ポドールイは、俺達の住むシノンとは森続きなのだから。
「やっぱりさ、メガネ作ってもらえば?」エレンは言った。「絶対ヤバイよ。そのままにしてたら、もっとつまんない事でケガするよ」
「そうだな」
苦笑して、俺は頷いた。
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