084.塞がれた穴


“breakdown〜real or delusion?〜”


 そして、あれから4年が過ぎた。
 半年程前、ロアーヌでちょっとした内乱があった。たまたまそれに関わった俺達は、それを機にそれぞれの理由でシノンを離れた。
 ユリアンはプリンセスガードに取り立てられ、今では宮仕えの身だ。俺はおじい様に見聞を広める様言われ、また古くからの友人と言うクラウディウス家の娘を捜す様にも頼まれて、ひとまず親戚のいるピドナへ向かった。しかも、サラも一緒に。
 案の定、エレンは強硬に反対した。迷惑になるからと、一緒に行っても邪魔になるだけだからと。しかしサラはそれに反発した。エレンがいなくても、1人で何でも出来ると言ったのだ。そしてエレンは売り言葉に買い言葉で、1人で何処でも行けばいいと言い捨ててパブを飛び出し、そのまま戻って来なかった。
 エレンはこれまでずっとサラの為だけに生きていた。サラを護る事がエレンの人生の全てだった。エレンにとってサラのその言葉は、それまでの人生全てを否定されたも同然だった。エレンの存在意義、存在理由を否定された訳だ。
 しかし、サラもこの春に16になった。自立したいと思っていたとしても不思議じゃ無い。エレンの“護りたい”と言う気持ちが強すぎて、サラに対して過保護気味になっているのがはたから見てもよく分かるぐらいだったからだ。
 とはいえ、このままケンカ別れさせるのは後味が悪過ぎる。俺はサラを諭した。これまでエレンがどういう思いでいたのかを。そしてサラも言い過ぎた事は認めたが、謝りに行くのは嫌がった。無理はなかった。エレンの性格からして、余計にこじれるのが目に見えていたからだ。俺はサラにここで待つ様に言い残してエレンを捜しに出た。
 エレンはすぐに見つかった。思っていたよりあっさり簡単に見つけられたのはこの内乱で知り合った砂漠出身の傭兵、ハリードが隣にいた事と何よりエレン自身のよく響く声が聞こえたからだ。エレンは、ハリードの誘いに乗ってランスに行くという事だった。
 実を言うと、俺はサラが一緒に行きたいと言いだした時エレンも誘おうかとも思っていたので、それを聞いて少しがっかりした事を憶えている。そして俺達は握手を交わし、別れた。
 今、俺は元ロアーヌ侯妹姫付きの侍女だったカタリナという女性と会社を経営している。やはり内乱が縁で知り合った人物で、あの後先代ロアーヌ侯から拝領したマスカレイドという武器を奪われ、それを取り戻す為に自らロアーヌを出奔していた。
 共同経営とはいえカタリナには別の目的があるので、俺達はそれに合わせて自分のやる仕事を分けた。カタリナは各地を巡ってめぼしい物件を探り、俺が実際に買収等の交渉を行う。今のところは会社を大きくするのが目的なので、主に小さい物件を漁っている状態だ。ちなみに、あの時のマンドラゴラハンターは既に買収済みだ。
 そして会社がそこそこ大きくなった頃、例のツヴァイクポーションを買収した。そして“あの時”の事が気になっていた俺は直接店に出向いて、これまでの取引先から商品・金の流れ等の全ての書類を提出させた。
 書類を持って来たのはあの時の中年男だった。が、俺の事は憶えていなかった。これがいいのか悪いのかはともかく、当然と言えば当然だった。あの時はエレンが1人で喋りまくり押しまくっていたのだから。
 とにかく俺はそれを1つ1つ調べていった。取り引きの経過を見ると、どれだけ先に他の所から注文が来ていても、ツヴァイク国そのものからの注文が来るとそちらが最優先で処理されていた。その結果他の注文がまかなえなくなっても、である。これについてはすぐに改める様に命令を出した。俺達は国の為だけに会社を経営している訳じゃない。
 薬の生産量は少しずつ上昇してはいたが、それはあくまで成長の範囲内であって大幅に増産されている様な事は無かった。俺はあの時エレンがマーシャから聞いていた事が気になって、マンドラゴラハンターの方の書類とも突き合わせてみた。話通り、マンドラゴラハンターからツヴァイクポーションへの出荷は増えていたが、ツヴァイクポーションでそれだけの量をこなしている気配はなかった。その分質が良くなっている訳でもないし、新たな商品を開発した様子も無い。そうなると考えられるのは、あの時エレンが言っていた様に横流しか密売、という事になって来る。俺はその証拠を集め、確認を取ると、また店に行ってそれらを突き付けた。
 応対したのはやっぱりあの中年男だった。しかも、何故か感謝された。どうも裏でよくない事が行われている事に気付いてはいたものの、どうしたらいいのか分からなかったのだという。……俺は、ひっぱたいてやろうかとも思ったが我慢した。
 それから俺はカタリナと一緒にワナを張って横流しの現場を押さえ、これに関わっていた者全てを解雇した。また横流しされた薬が何処に流れていたのかも突き止めた。ヤーマスの、ドフォーレ商会だった。それはこの会社を始めてからよく聞く社名だったが、それは大抵良くない噂と一緒だった。いずれ対抗する術を考えないとマズイ事になるだろう。
 とりあえず、今のところ全ては順調に進んでいる。だが安心は出来ない。交渉の為に所有者に会いに行く時、各地で強力なモンスターを目にした人々の話を聞く事が多くなった。そしてその度に、俺はあの時の事を思い出す。狼の集団の中でただ1匹、人狼に変化したあの瞬間を。
 エレンは言った、全て夢だと。ケガの痛みとカゼの熱にうかされて見た幻覚だと。俺もそう思う。何より、エレンの言う事の方が説得力があった。そしてあの時の俺のケガにしたって、ポドールイでもシノンでも説明したのはエレンの方だ。
 だが、だからこそ気になる事がある。痛みの中で見た夢で聞いたあの会話、未だにしつこく記憶にこびり付いて離れないのは“封印”と言う単語だけだが、それが何を意味するのか、今でも分からない。前後の会話を思い出せなくなってる以上、どうしようもないしどうにもならない。
 俺とエレンと、果たしてどっちが正しいのだろう。あれから、俺達は互いにあの砦での事を口にしていない。もしかすると同じ目に遭っていたかもしれないユリアンでさえ、その前にやってしまった大ポカの事があるからはっきりとは聞いて来なかったので尚更だ。
 そしてもう1つ、俺が襲って来た狼を人狼と見間違えそれに怪我を負わされた後、現実か幻覚が分からない状態の中で最後に見た、満月の元で別の何かに姿を変えるステルバートさんの姿の事だ。あの時外は日が傾き始めてはいたものの、明るかった。決して月明かりの眩しい夜では無かった。更に、時期的にも満月では無かった。
 ステルバートさんが姿を変えたもの、それが何なのか俺には分からない。そこまでは見えなかったからだ。それとも、見るべきではなかったから憶えていないのか。
 俺は狂っているのだろうか? それとも俺が見たのは全て現実だったのか。だとすると、狂っているのはエレンの方という事になる。それとも“封印”と言うのがエレンを指すのだろうか。いや、封印されているのは俺なのかもしれない。
 時々、俺の足下には何もない事に気が付く。自分を取り巻く世界、それは俺が見ている様に他の人間にも見えているのだろうか。それとも俺だけが全く違うものを見ているのか。
 疑い始めるとキリが無くなる。確かさの得られない不安。そして俺は首を振る。それら全てを否定する。俺はここにいる。ここで会社を大きくする為に各地を走り回っている。世界の有り様を疑っているヒマなんかないのだ。
 しかし、それは、不意をついて襲って来る。
 俺とエレンと、果たしてどちらが正気なのだろう?
end
よんだよ


 ←84 - 5/85→

 只今挑戦中あとがき?

 Romancing SaGa3

 topmain menuaboutchallengelinkmail