089.かなりマジ


“譲れない想い”

「ちょ、ちょっとマジ!?」
 それを聞いて、ユリアンは慌てて叫んだ。
「こっから歩いて帰るって!」
「バイクが壊れちゃったんだからしょうがないじゃない」
 ユリアンの方を振り向きもせずに、エレンは応えた。
「だけど、ここミュルスだよ!? シノンとの間にロアーヌがあるんだよ? そのロアーヌだって歩いて行ったら1日なんて余裕でかかっちゃうじゃんか?!」
「だから何だって言うのよ」
 そう言いながらエレンはユリアンへと振り返り睨み付ける。その迫力に、ユリアンは思わず後ずさった。
「だいたいねえ、あんたが無理矢理付いてきて、その上よそ見なんかして追突してくれたあげくあたしのバイクをぶっ壊してくれたりなんかしなければこんな所で帰るハメにならなくてすんだんじゃないっ。分かってんの!?」
「ゴメン! だからホントにゴメンってばー!」
 物凄い勢いと剣幕でまくし立てられ、ユリアンとしてはひたすら謝り倒すしかない。
 事の起こりはこうだ。
 エレンが試験休みを利用してツヴァイク、ポドールイを廻るツーリングに行くと言うので、エレンが好きなユリアンとしては是非ともこの機会を利用して振り向いてもらおうと──そして彼氏認定してもらおうと考えた。しかしこれまでの経験から、ストレートに一緒に行きたいと言った所であっさり却下されるのは火を見るより明らかだったので、色々と理由を付けて周りを納得させると言う回りくどい事をしてどうにかOKを貰ったのだった──これはいい。
 シノンを出発したのは、この日の朝だった。ツーリング初心者のユリアンは最初エレンのペースについて行けず、いきなり置いて行かれそうになったのだが、流石のエレンもそれに気付いたらしく、すぐに引き返して来てくれた。そしてそれ以降は文句を言いながらもユリアンに合わせてくれた──それはまあ、むしろ有難かった。
 ミュルスに入ったのは11時頃だった。元々ミュルス港で昼食にする予定だったので、エレンの先導で街の中心部を避けて港へ向かった。
 昼食は、海の男で賑わう定食屋でだった。オーシャンビューが自慢の喫茶店やレストランと言ったシチュエーションを期待していたユリアンとしては落胆ものだったが、
「値段も手ごろで量もしっかりあって、しかもおいしいんだから当然」
 と、言い切るエレンに敵う筈も無く、結局何故か他の客達と盛り上がるエレンを前に、そのノリに付いて行けず、またその勢いに圧倒されたユリアンは、何となく小さくなってムニエルされた魚をつつくハメになった──これもまだマシな方だったと、後になってユリアンは思った。
 問題は、その後起こった。
 少し早い昼食を済ませた2人は、日暮れまでにツヴァイクに辿り着くべく海岸沿いの道路を北上していた。潮の香りを乗せた初夏の風は心地よく、ユリアンはツーリングに出ようとしたエレンの考えが分かった気がした。──確かにこれはいいよなあと。
 “2人でつるんで走る”という事に少しずつ慣れてきて、バイクを走らせながら周りを見る余裕も出て来る。しかしその気の緩みが不味かった。
 その時ユリアンの目に付いたのは、海側の歩道を腕を組んで歩く仲睦まじそうなカップルの姿だった。そして、それを見たユリアンが思う事と言えばただ1つ。
 ──オレもエレンとああやって歩きたいなー。
 だが次の瞬間、ユリアンを襲ってきたのは強い衝撃だった。前のめりになった次の瞬間、反動で後ろへ身体が引っ張られる。少し道路が混み合っていたのでスピードこそ余り出していなかったとは言え、慌てて前を見ると、エレンがバイクごと赤信号の交差点の中へ吹っ飛ばされて行くのが目に入った。
 始め、何が起こったのか分からなかった。それどころか、自分がこの事態を引き起こしたのだと言う事すら分からなかった──否、頭が理解する事を拒否していた。
 だがエレンは相当強力な悪運の持ち主であったらしい。身を守る為すぐにハンドルから手を離し、受け身の体勢を取る。そうしてエレンの身体が突っ込んだのは反対側の歩道の植え込みだった。
 時間が止まったかの様だった。どの車も止まっていた。誰もがエレンの方を見ていた。
 やがてエレンが何事も無かったかの様に起き上がり、ユリアンの位置を確認するとしっかりした確かな足取りで歩きながらヘルメットを脱ぐと、そのヘルメットでユリアンを1発ぶん殴った。
「────ッ、何するんだよー!」
 あまりもの痛みにヘルメットごと頭を抱えながら、それでも反論するが、すぐにエレンに畳み掛けられて黙り込むハメになった。
「あんた一体何考えてんの!? 走ってる時によそ見なんかしたら事故るに決まってるでしょうが! 今日はたまたま相手があたしで大したケガもしないで済んだからいいけれど、普通だったらタダじゃ済まないわよ?!」
「うあああ、ゴメンよー!」
 そうこうしている内にパトカーと救急車のサイレンが響いてきて、事情聴取と現場検証が始まる。2人が友人同士なので当面は示談で済ませるならと言う事で聴取の方は基本的な所で終わったが、エレンに対しては救急隊員が幾つか質問をし、外傷が無いとは言え念の為病院に行く事になった。
 そして病院でレントゲン撮影やら脳波を調べたりする等し、もしも異常を感じた時はすぐに病院に来る様に言われた所で解放され──そうして、現在に至る訳である。
「まったくもう──しょうがないわね」
 そう言ってエレンはどうにか無事だった携帯を取り出すと、何処かへ掛けた。何度目かの発信音の後に相手が出る。トーマスだった。
「あ、トム? あたし──エレンなんだけど、今ロアーヌに来てるのよね? 悪いけど、帰りにミュルスまで迎えに来てくれない? ユリアンが追突事故起こしてくれちゃってさ──うん、細かい事は後で話すから。──えーと、今は海岸沿いをライダースーツ姿で歩いてるからかなり目立ってると思う。──そう、8号線。じゃ、よろしくね」
 そうして通話を切った後、エレンは何処かへメールを送っていたが、多分ルートの詳しい説明だろうと思ってユリアンは気にしない事にした。と言うより、最早それを聞く為に声を掛ける事すらはばかられた。
 肩を怒らせ、荷物を肩に掛けながらずんずん歩くエレンに、ユリアンは肩を落としながら、ただ黙って付いて行く。ライダースーツ姿で歩いてるからと言うだけでなく、その妙な光景に2人は本当に目立っていた。道行く人々が必ずと言っていい程振り返る。何となく、いたたまれなかった。
 それだけに、歩いている歩道の反対側の車線にようやくトーマスの車が見えた時は、本当に救いの神に見えたものだ。
「おーいエレン、それにユリアン! 思ったより大丈夫そうだな」
「トーマス!」
 ユリアンはほぼ半泣き状態でその名を呼んだ。しかしエレンは不機嫌そうに言う。
「来てくれてありがとう。でさ、ユリアンだけ乗せて帰ってくれる?」
「「エレン?!」」
 2人同時にその名を呼ぶ。まさか頼んだ当の本人が、そう来るとは思わなかったからだ。
「ちょっと1人になりたいの。近くの宿で1泊したら帰るって、母さんには言っといて」
 そうしてじゃね、とだけ言ってエレンはさっさと歩き出してしまった。ユリアンは咄嗟にトーマスの方を見たが、トーマスは諦めた様に肩を竦め、首を振った。
「これ以上怒らせたくないんだったらやめておけ。ああなったら、誰にも耳を貸さないよ」
「そりゃそうかもしれないけどさー……」
 諦め切れず、情けない声でユリアンは言う。しかしあっという間に遠くなって行くエレンの後ろ姿に、追うのは無駄だと悟らざるを得なかった。仕方無く、トーマスの車の後部座席に荷物と共に乗り込む。何となく、助手席には乗りたくなかった。
 車が走り出す。と同時に、トーマスが話し掛けてきた。
「結局、今回は認めてもらうどころじゃなかったな」
「…………まあな」
 憮然としてユリアンは応じる。そして助手席の座席に腕を絡めながらボヤいた。
「あーあ、何でオレのやる事って全部裏目に出るのかなあー。今回なんかもう最悪だよー」
「友達の状態で満足しろって事じゃないのか?」
 ははっ、と乾いた笑いでトーマスは言う。しかしそれをトーマスに言われる筋合いが無い事をユリアンは知っているので、切り返してやった。
「トムにそれを言われたくないね。お前だって、エレンの事が好きなんだろう?」
「好きだよ」
 意外にもあっさりと、そしてきっぱりと答えられてしまい、ユリアンはたじろいだ。だがそんなユリアンに構わず、トーマスは続ける。
「いつからか分からないが、気が付いたら好きになってた。だがお前が昔からエレンを好きだと言っていた上に、よく俺に相談を持ち掛けてたから表にしなかっただけだ。
 それにお前のやり方を見ていると、別の方法でアプローチした方が効果的なんじゃないかと思ったからな。だからお前にだけは悟られないようにしてたんだが、結局無駄だったみたいだな」
「当たり前だ、恋する男のカンをなめんなよ」
 そして2人は黙り込む。ラジオはしばらくニュースを流していたが、やがて古い歌が掛かった。
 そのサビの部分の歌詞はあまりにも今の2人の心境を表していて、何とも言えなかった。

 本当の事は誰も知りたくはないさ
 全てを許せるほどやさしくなれない

 本当はエレンが誰を見ているのかなんて知りたくは無かった。エレンが自分以外の特定の誰かを選んだ時、全てを許し納得してそれを祝福出来るほど人間が出来ていなかった。
 更に言ってしまえば、エレンの心を支配しているのが誰なのか、2人とも知らない訳では無かった。ただそれが妹のサラだったり、常々理想と言ってはばからない未だ消息不明のエレンのおじさんだったりするので、どうあがいても太刀打ち出来る訳が無かった。いや、そんな事より身内にしか目が行かないと言うのは如何なものか。
「うあー、エーレン〜」
 助手席に抱き付いてユリアンは唸る。
「何でこんなに好きなのに分かってくれないんだよーう」
「それが恋愛ってモンだろ」
 何処か悟ったような、それでいて諦めた様な口調でトーマスは応える。
「て言うか、お前のそれはただの恋だな。自分の事しか考えてない」
「どーいう意味だよ!」
 憤慨してユリアンは顔を上げてトーマスを見る。しかしトーマスはさらっとそれを受け流した。
「そのまんまの意味さ。大体お前、エレンの事をちゃんと考えているのか? 今回だって、自分が一緒に行きたいからだったんだろう。だからエレンもお前にはああいう態度を取るんだと思うよ」
 そう言ってトーマスは敵に塩を送るみたいでナンだけどな、と言って笑った。それを見てユリアンは、確かにエレンを巡ってはライバルではあるものの、それ以前に友人として助言をしてくれるトーマスの存在を有難く思った。そして何となく顔を上げられず助手席の背もたれに顔を埋めると、ひと言だけ言った。
「……ありがとう、トム」
「どういたしまして」
 いつも通りの返事が返ってくる。ユリアンはその事が単純に嬉しかった。
 いつの間にかラジオからは別の曲がかかっていた。

 Can you feel me? わかるかい?
 君に何を求めているか
 心だけ 体だけ そこへたどりつきたくはない 今は

 エレンに対して、自分は一体何を求めていたんだろう、そうユリアンは考えた。確かにトーマスの言う通り、ただ好きだと言う思いだけでここまで来てしまったから、そんな事を考えた事も無かった。その為にエレンに振り向いてもらえないなら、考えるしかない。
 自分はエレンの何処にほれたのか、そこから考える所から始めよう──ユリアンはそう思った。そんな事すらも、今まで忘れてしまっていたから。
 トーマスには悪いが、自分だってエレンを譲る気は無い。
 それでも、せめてずっと友達でいられたらとユリアンは思った。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

 Romancing SaGa3

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