093.Keep on


“möbius ring”

 ふと気が付くと、コロナは道を歩いていた。
 慌てて辺りを見回すとそこはドミナへと向かう街道で、2、3歩前にはバドが同じ様に歩いている。バドは肩に荷物を提げており、コロナもまた背中の感触から自分も荷物を背負っている事を“思い出した”。
 ──まさか、これは。
 コロナの背筋を冷たいものが流れ落ちて行く。この見覚えのある状況、自分の記憶が確かならば、魔法学園を放校になってドミナへ向かっていた時のもの──!
 そんな事はあり得ない、コロナは必死になって自分の考えを否定した。きっとこれは夢なのだ、目が覚めたらマイホームのベッドの上に──……
 しかしそんなコロナの心を知ってか知らずか、バドはコロナの記憶と一字一句同じ言葉で言うのだった。
「ほら見ろよコロナ、ドミナだぜ!」
 そう言って振り返るバドの表情は記憶通り生き生きとしていて、これから見せ付けられる現実なんてまるで知らないかの様に輝いていた。
 愕然として、立ち止まる。だがそんなコロナの態度に流石のバドも気付いた様で、顔をしかめて訝しむ様に聞いてきた。
「何だよ、嬉しくないのか?」
 その言葉から、このバドが本当に何も知らないと言う事をコロナは悟った。
 咄嗟にコロナは、バドにこれから起こる出来事を言うべきかどうか迷った。2人はこの町にある生まれ育った家を目指してここまで歩いてきた──しかしそこで自分達が目にするのは何も無い空き地なのだ。
 だが結局コロナは“何でもない”と首を振った。バドには更に怪しまれたが、ちょっと頭が痛いだけだと言って先を急がせた。だから早く“家に帰って”休もうと。
 でも本当は家へ──家があったであろう筈の場所へ向かうのが怖かった。“あの時”の自分がショックで泣きじゃくった事をコロナははっきりと覚えている。しかし今の自分があの時の様には泣けないだろうと言う、妙な確信があった。──あまりにも自分の事や身の回りの事、そして世界についての知識が付いてしまっていたから。
 バドに、これから起きる事を言うべきだろうか? 今でもそこにあると思っていたものがとっくになくなっているのだと言う事を、確かに帰る所は無くなっていたけれど、これから出会う人に新たな帰る場所を与えられると言う事を。
 家へと向かう足取りは重く、だがゆっくりと確実に近付いて行く。
 そして家のあった筈の場所へ辿り着いた時、記憶の中のバドそのままにバドはへたり込んだ。
「な……何で、何でウチが無いんだよ?!」
 空き地を背にバドはコロナの方へと振り返ったが、コロナは応えなかった。ただ涙を流し、茫然と立っていた。そして心の何処か片隅にいる冷静な自分が、こうなる事が解っていても涙が出るのかと驚いていた。
 しかしバドはそれを見て、記憶とは違う反応をした。そんなコロナにやはり驚いて、おろおろしながら言った。
「ど、どうしたんだよ? 何だかお前、さっきからおかしいぞ?」
 それでもコロナは流れる涙を止められなかった。そして手で涙を拭いながら、言った。
「……ううん、何でもない。家が無いのが悲しいだけだもん」
「それにしたってそんな泣き方するなんて、お前らしくないぞ」
「だって悲しいのは悲しいんだもん、しょうがないじゃない!」
 “あの時の”自分とは違う事を悟られまいと、コロナはわざと声を荒らげた。そうして、更に続ける。
「そう言うバドはどうなのよ! 悲しくないの!?」
「俺だって悲しいに決まってるさ!」コロナに言われ、バドも負けじと声を張り上げる。
「だって家が無くなってるんだぜ?! ただの空き地にされちまってるんだぜ?! これが悲しくなくてどうすんだよ!」
 そう叫ぶとバドはコロナに正面から抱き付いた。そして肩を震わせて泣く。
「ちくしょう……何で無いんだよ…………ッ。父さんと母さんがいなくなっても、俺達の家だったのに…………ッ!」
 コロナは何も言えなかった。確かに記憶にあるものとは違う展開だが、2人で泣いたのは同じだったからだ。だが泣きじゃくるバドに落ち着きながらも涙を流すコロナと、あの時とは立場が逆転してしまっていた。
 なので、代わりにコロナが提案する事にした。
「ねえバド、どうせだったらここにカボチャ畑作らない? 魔法のカボチャ畑」
「カボチャ?」少ししゃくり上げながら、それでも驚いた様にバドは顔を上げた。
「そう。あのパンプキンボムの畑を作ってみない? バドの好きな」
「ああ、アレか!」
 コロナを解放すると、バドは勢いよく頷いた。バドはあのカボチャ──パンプキンボムが大好きだった。
 するとバドも元気が出てきた様だった。“あの時”の様に拳を突き上げると、言った。
「よーし、この未来の大魔法使い様がここをカボチャ畑に変えてやるぜ! どーせ種ならあるしな!」
 そこからは、“記憶”と全く同じだった。荷物からパンプキンボムの種を出すと魔法で一気に成長させ、収穫時になった物から回収して食べつつそこからまた種を取り出し、更に増やして行く。そうして1日が過ぎた頃には、辺り一面のカボチャ畑が出来上がっていた。
 バドが記憶のあの時そのままに「ケーッケッケッ」とおかしな笑い声をあげている。それを聞き流しながら、コロナは記憶が確かならば、と思った。
 ──記憶が確かなら、この後“あの人”がここへ来て私達にお仕置きをするはず──……
 確かに“その人”はやって来た。顔は同じだがしかし髪形が違えば衣装も違う、更に決定的な事に性別まで違っていた。
 “その人”は、女だった。
「双炎さんじゃ、ない────……?」
 茫然と、コロナは無意識に呟く。瞬間、コロナは“その人”に横抱きに抱え上げられ、カボチャ畑の外へと連れて行かれた。
 ──え、えっ?!
 突然の事に、思考が付いて行かない。そして公園まで来ると“その人”はコロナをベンチに下ろし、その前にしゃがみ込むとコロナの両肩をがっちり掴んで聞いた。
「炎を──双炎を、知ってるの?!」
「え? あ、はい」コロナは頷いた。
「私の記憶が確かなら、ここで出会うのは双炎さんの筈だったので」
 すると“その人”の顔が一瞬明るくなるが、すぐに真剣な表情に戻ると、質問を重ねた。
「もしかして、コロナも前回の記憶を持っている訳? 私が──私達が、マナの聖域に行くまでの」
 コロナは今度は無言でこくんと頷いた。“その人”は愕然とした表情になった。
「そんな、まさか──私達以外にループに巻き込まれる人が出て来るなんて」
「ループ?」
 聞きなれない言葉だったので、コロナは聞き返した。
「そう。実は私も炎も、もう5〜6回は今のコロナみたいに同じ事を繰り返しているの。マイホームで目が覚めてからマナの聖域で女神様の闇を倒すまで、ずっとずっと同じ事を繰り返しているのよ」
「私達や瑠璃さん、ダナエさん達と出会う事も、ですか?」
「そう言う事」“その人”は頷いた。
「だけどみんな前の事は忘れてて、今回のコロナみたいに覚えているって事は無かったのよ。それもまさか、炎の事を覚えてるなんて」
 そこでふと、コロナはまだ“この人”の名前を聞いていない事に気が付いた。
「あ、あの〜」
「なあに?」
 控えめに聞こうとすると、“その人”はちょこんと首を傾げる。その仕草があまりにも双炎に似ていて、コロナは強烈な既視感を覚えた。
「あの、あなたの名前をまだ聞いてないんですが」
「あ、そう言えばそうだったわね」
 その人はそう言うと、名を名乗った。
「私は双華。双つの華って書いて双華って読むの。結構ハデ目な名前でしょ?」
 そして炎には華って呼ばれてるから、もしかしたらそっちの方は聞き覚えがあるかも知れないわね、とも付け足した。
「では双華さん、そろそろバドの所へ戻りませんか? 多分自分1人だけ無視されて怒ってますよ、きっと」
「それもそうね」“その人”──双華は頷いた。「バドにはちゃあんとお仕置きしてあげないとねえ」
 ふっふっふっ、と双華はにんまり笑う。その笑みは双炎が何かを企んでいる笑みとそっくりだったので、思わず引いてしまう。
 そんなコロナに気付いてか否か、双華は“後でコロナの知ってる炎の事を教えてね”と向き直りながら言った。

 …………

 カボチャ畑は消滅した。
 バドは双華にローブの裾をまくられ尻をイヤと言う程叩かれた。それがかなり屈辱的だったらしく、恨めしげに双華を見上げている。
 マイホームに付くと、早速双華はコロナに食事を作ってくれる様に頼み込んだ。もう何日もまともな食事にありついてないのだと言う。
「もうずっとトレントになった実をそのまま食べてるの。だからきちんとした食事がしたいのよ〜」
 どうやら双華は料理が出来無い様だった。後になって知ったのだが、料理をすると殺人的なモノを作ってしまうのだと言う。
 仕方無く、コロナはキッチンに向かった。確かにそこには収穫されただけのトレントの恵みがごろごろと転がっていた。
 流しにはこれまでの悪戦苦闘の跡が残されていた。一応それらは何らかの形で調理されてはいたのだが、既に腐臭を放ち、食べられる状態ではない事がすぐに分かった。
 ひとまずコロナはトレントの恵みの中からイルカキューリとドッキリマッシュ、その他いくつかの食材を手にまな板に向かった──勿論、バドの好きなパンプキンボムも忘れずに。
 しかし調理を始めるに当たって1つ問題があった。このキッチンは双炎の所と同じで、コロナには少し高すぎるのだ。それを双華に告げると、双華はちょっと待っててね、と言って小さな台を持って来た。そして後でコロナに合わせたのを作るから、とも言った。そうしてコロナはやっと調理を始める事が出来た。
 何だかんだ言って、コロナは料理が好きだった。何より、今のコロナには双炎仕込みの料理の腕がある。バドだけでは無い、双華をも満足させる自信があった。
 果たして、出された料理を口にした双華は、喜びの声を挙げた。
「何これ、すっごいおいしい! 炎が作ってくれたみたいねッ」
「そうでしょう? 双炎さんに直接教わったんですよ」
「へえ〜、炎がねえ〜」
 そこでバドが不思議そうに突っ込む。
「なあ、双炎って誰だ?」
「あ」
 そこでコロナと双華は顔を見合わせる。そう、このバドはループに巻き込まれていない、つまり“何も知らない”のだ。
 それに対して機転を働かせて答えたのは、双華だった。
「私とコロナの共通の知り合いよ。コロナが魔法学園に居た時、迷子になっていた炎を道案内をしたのよね?」
「そうそう、そうなの」
 双華の話に合わせてコロナは頷く。実際、双炎はとてつもない方向音痴で、よく迷子になっていた。恐らくこれから会う事になるであろう真珠姫と一緒に迷っていた所を発見された事もある。バドの修行と称して出掛けた時は、そのあまりもの帰りの遅さに1人で留守番させられたコロナがブチ切れて、怒った事もあるくらいだ。後に双華にその話をした時、双華は勿論爆笑してくれた。──そうして“今度は私が居るから大丈夫だからね”とも付け足してくれたが。
 ふーん、とつまらなそうに答えながら、バドはかなりのスピードで食事を続ける。腹が減っているのはバドも同じだったからだ。勿論コロナも双華もその後は食事を続けた。
 そうして出された料理を全て平らげた後、双華が後始末を買って出た。しかしその前に、と言って双華は2人を階段の先へ案内した。
 コロナとバドが案内されたのは、2階の更に上にある屋根裏部屋だった。そこは物置になっていたが、とりあえずまだ子供の2人が寝るだけの余裕はあったので、今日からここで寝るようにと言われた。それはコロナの記憶にある事と同じだった。──勿論、その後に続くバドの言葉も。
「物置でですか〜?」
 とにかく嫌そうにバドは言う。双華は今夜だけはガマンしてと返した。
「明日掃除して、ここにある物も移動するから。だから今日の所は自分達が寝る所だけ掃除しておいて欲しいの」
「わかりました」頷いたのはコロナだった。父親の形見であるホウキを取り出す。
「ぞうきんとかは、何処にありますか?」
「それは今持ってくるわ。ちょっと待ってて」
 そしてしばし後、水の入った手桶とぞうきんを持って双華が現れた。
「じゃあ、お願いね。そうそう、先に布団をはたいておいた方が良いわね」
そう言って双華は物置の中から布団を引っ張り出す。そして出窓の所にそれを引っ掛けた。
「これだけは危ないから私がやるわね。そうしたら食器の片付けに行くから、後はお願い」
「「はーい」」
 コロナとバド、2人で揃って頷いた。

 こうして、コロナのマナの樹と女神を巡る2度目の生活が始まった。
 だがこの後、まだループを繰り返す事に──そしてその度に以前の記憶を持つ者が増えて行く事を、この時コロナも双華も知らなかった。
 果たして、ループが終わる時は来るのであろうか。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

 聖剣伝説Legend of MANA

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