096.頼りにしてるよ


“in the daydream〜sing a song〜”

 その事に最初に気が付いたのは、エミリアだった。
「ここのおカネって、クレジットじゃないわよね?」
 そう言われて、リュートとブルーは顔を合わせる。庭に生えていたトレントと言う顔の付いた喋る大樹からリュートが聞いてきた話によれば、ここから半日ほど歩いた所にドミナと言う町があるらしく、何でも必要最低限の物ならそこで揃うと言う話なのだが、買い物をするには幾ら何でもカネが無ければ話にならない。しかし3人が今持っているのは通常のリージョン界で使用可能なクレジットであり、全くの未知のリージョンであるこの場所で使える可能性は限りなく低かった。
「あー、そーいやそーだよな〜」
「だが、あのトレントに生る《なる》実で食べるだけなら充分賄えるのではないか?」
 妙に捩れたバナナと格闘しながらリュートとブルーは相槌を打つが、エミリアはテーブルを両手で叩くと強い調子で言った。
「クーンとメイレンを探さなきゃいけないのに、それだけでどうするのよ!」
「あ」
 リュートがカエルの潰された様な声を出す。ブルーは虚を突かれた様な顔をした。2人共、そこまで考えが回っていなかったからだ。
 何故ならば、ここにいるのは本来5人の筈だったのだ。処がこの世界に出た時既にメイレンの姿は無く、更にその直後クーンも「ボク行かなくちゃ」と言って空に掻き消える様に姿を消した。それを思えばいつまた誰かが同じ様にいなくなるかもしれないと言う不安はあるが、あえて誰もそれは口にしなかった。その代わり、こうして探さなければと言う方向に目標を定めているのだ。
「あっちこっち探して回るなら結局おカネが掛かるじゃない。そりゃあこの辺りだけならあの大きな黄色い鳥──チョコボって言ったかしら?──とにかくそれでも何とかなるとは思うわ。だけどもっと遠くへ探しに行く時、何か乗り物があるならそれを使う訳でしょ? それなのにおカネが無かったら自分の足で何とかするしかないじゃない!」
「……確かにそうだな」
 頭に手を当てながらブルーが呟く。それは体力の問題だけではない、ゲートの術を行使するには問題がある以上、時間を短縮する為により足の速い乗り物を利用するのは当然だった。そしてそれには、確実にカネが掛かると言う事も。
 そうして眉間に皺を寄せ頭を抱える2人に対して、それを生温い目で不思議そうに頬杖を付いて眺めていたリュートはのほほんと言った。
「なあ、何でそんなに難しい顔してんだ?」
 瞬間、2人分の鋭い視線がリュートに向かった。
「あなたねえ、どういう状況なのか分かってるの? おカネが無いのよおカネがっ」
「金が無ければロクな事が出来ない事ぐらい貴様にも解るだろう。まさかお前の常識はそこまで崩れているのか?」
「んー、だからさぁ」
 ほぼ同時にまくし立てる2人に対して、リュートは全くペースを崩す事無く応じた。
「カネが無いんだったら稼げばいいじゃん? 町があるって言うんだからそこまで行ってさあ」
「…………!」
 エミリアもブルーも返す言葉に詰まる。2人共、“稼ぐ”と言う考えが抜け落ちていた事に気付かされたからだ。
 なので、エミリアがこう返すのが精一杯だった。
「……でも、どうやって?」
 するとリュートは満面に笑みを浮かべてこう答えた。
「決まってんじゃん、俺が歌うのよ」

 …………

 それから2時間後、エミリアは大いなる不安を抱えながらも、リュートと共にドミナの町にいた。
 ブルーは家に残った。今頃本来のあの家の主が書斎として使っていたのであろう部屋で、大量の本に埋もれてこのリージョンについて調べているだろう。
 エミリアが不安なのには訳がある。リュートは普段、歌詞の内容が非常にふざけた、もしくは下らない様なものばかり歌っているからだ。
 決してまともな内容の歌を歌わない訳では無い。ブルーの話によると懐具合が寂しくなる度に道端で歌ってはそれなりの金額を稼いでいたらしいし、エミリア自身も片手で数えられる程度ではあるが真面目に歌っている所を見た事がある。そういう時のリュートの歌声は妖魔でさえも魅了出来るのではないかと思わせる程の美声であり、それを朗々と響かせ情感豊かに歌いながら常に背負っている同名の楽器をつま弾くその姿は、さしづめ吟遊詩人と言った趣を醸し出す。
 しかし一見まともそうに見えても油断ならないのがリュートである。今では使われていない様な古い言葉の歌の中でも、何処から教えて貰ったのかと問い詰めたくなる様な下らなくも低レベルな歌を歌っていたりするからだ。どんな内容なのかと聞いた時に、指輪の研究者としてやはり古い言葉を知っているメイレンが代わりにそう教えてくれたのだから間違いない。
 ──メイレンも、本気で呆れてたっけ。
「何?」
「せめてこういう時ぐらいはマトモな歌を歌ってちょうだいってコト」
 前を歩くリュートが振り向きながら聞いてくるので、エミリアはため息を付きながらそう応えた。しかしリュートは首を傾げた。
「俺はいつでもマジメに歌ってるんだけどなあ」
「あなたがそのつもりでも周りにはそう聴こえない事も多いのよっ。いくらここが未知のリージョンで私達の言葉もどれだけ通じるか解らないって言ったって、もしかしたら今私達が話してる言葉より、その古い言葉の方が通じるかもしれないんだから、ちゃんとやってよね」
「だーいじょーぶだーって、そんなに心配するなよ〜」
「リュートがリュートだから心配なんじゃない……」
 全くいつもと変わらないへらへらした笑顔でのほほんとそう言うリュートに、エミリアは盛大にため息を付いた。深刻な状況下ではこの笑顔に何度となく余裕や冷静さを取り戻せたり助けられたりしたものだが、それ以外の日常的な場面では心配のタネにしかならないのは何故だろう。
 エミリアは気を取り直すと、改めて周りを見回す。町の入口にチョコボを止めた時から感じていた事だが、このドミナというのはかなり規模の小さい町らしい。エミリアの感覚的には、リュートの故郷でもあるヨークランドよりも小さい様に思えた。
 だが行き交う人々の多様性はマンハッタンに勝るとも劣らずだった。それどころか、今現在知られているどのリージョンよりも人種の数では上回っている様に見える。家の前にもいた全身が葉っぱで覆われた子供──確か草人と言っていた──はこの町にもいるし、あそこでお喋りに興じている蝶の羽を背中に生やした人はこれまで妖魔でしか見た事が無かったし、その話を聞いている身体から直接枝が伸び蔦も巻き付かせながら生やしている様にしか見えない人や、道の向こうから歩いてくる頭こそ人間の様だがそこから下は人型の足が生えた魚としか言い様が無い人などは流石に初めて見る。ただの魚に人型の手足が生えたものなら下級妖魔のモンスターとして見た事はあるが、あれ程混ざり合っているものがいるとは思ってもみなかった。ブルーがこの場にいたら何と言っただろう。
 リュートはぽてぽてと、だが迷い無く町の中を歩いて行く。ストリートミュージシャンの本能が人の多そうな所を嗅ぎ取っているのだろうか、酒場や金物を扱っているらしい店等が並ぶ通りを抜けると、屋台やテントと言った出店がひしめく市場に出た。
「うわぁ──……」
 その光景にエミリアは思わず目を輝かせる。確かに規模も人出も田舎町の市場程度のものでしかないが、そこに並ぶカラフルな野菜や果物、そして何よりその土地ならではの民族性の強い服やアクセサリーと言った商品に目を奪われていた。そんなエミリアに買い物の神様が降臨している事に気付いたリュートに「その前に稼ごうなー」などと言われなかったら、恐らく屋台の1つに駆け寄っていた事だろう。
 やがてリュートは屋台の途切れた空き地を見付けると、そこにどっかりと座り込み、背にしていた楽器を手にすると歌い出した。それはエミリア達にとっての古代語の歌だった。

 光を求めよ
 闇を認めよ
 それらは表裏一体
 光が無ければ闇は生まれず
 闇が無ければ光は形造れず
 どちらも存在し得ない

 エミリアだけでなく道行く人々にもその言葉は通じなかった様だが、その歌う様、声の美しさ、楽器の奏でる哀愁漂う旋律が人々の足を止めさせ、エミリアがリュートの前に置いておいた小さな木箱に次々とおひねりが入ってくる。30分もすると箱から溢れんばかりになっていた。
 エミリアは久し振りに聞くまともな歌に感動していた。あげられるものならおひねりをあげたい気分だった。だがここで通用するお金を持っていないので、代わりに大きな拍手をリュートに送った。するとリュートはエミリアに向かってにかっと笑った。
「んじゃ随分たまったし、ここらでいったん切り上げるとするか〜」
「そうね。じゃあどうしようかしら?」
「飲み屋行こうぜ飲み屋〜。町に入ってわりかしすぐの所にあったじゃん」
「ダメよ、そこで全部飲み代に使ったら意味無いじゃない!」
 にこにこ笑顔で言うリュートを、エミリアは全力で止める。しかしそこへ、紙袋一杯の果物を抱えた壮年の男が声を掛けてきた。
「おい兄ちゃん、どうせだったら俺の店で歌わねえか?」
「「店?」」
 2人で同時に聞き返す。すると男はにかっと笑うと言った。
「そう。この町に入ってすぐの所にパブがあったろう? あそこがそうなんだ。場所が場所だから人は確かによく通るんだがなかなか客が来なくてよ、その客寄せに歌って欲しいんだよ。勿論、給料は出すぜ?」
 尤も、客の入り次第で上下するがな、と男は笑いながら言った。するとそこでリュートは珍しく意気込みながら聞いた。
「なあ、だったらさ、酒も飲ませてくれよ。それなら毎日でも歌ってやるぜ」
「リュート!」
 慌ててエミリアが止める。しかし事情を知らない男は全開の笑顔で応えた。
「よおし、じゃあ契約成立だな!」
 そう言ってリュートと男は握手を交わす。もうこうなったらエミリアには止めようが無かった。
 その後エミリアの予想通り、リュートは普通の歌に交じって品の無い歌を歌ったり、完璧に酔っ払った状態で歌って殺人音波を撒き散らすなどしてパブを混乱に陥れ、その度にパブのマスターは頭を抱えるのが日常茶飯事となった。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

 SaGa Frontierin the daydream

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