“1/100〜ある1組の魔物と人間の話〜”



 この戦いは、魔物と人間の2人1組が基本になっている。人間が呪文を唱え、魔物がそれに対応する力を発揮する。呪文は魔物が最初から持っている本に奇妙な文字で書かれていて、最初は1つしか使えないが何かきっかけがあると新しい呪文が現れる様になっている。が、この辺りがどうなっているのか、俺にもまだ良く分かっていない。
 当たり前だが、発動させた力を操るのは魔物の方だ。人間がそれをどの方向に、どの辺りに出すのか指示する事は出来ても、実際にそこに出せるかどうかは魔物自身に掛かっている。だから魔物が気絶していたりして動けない状態にある時に、いくら人間が呪文を唱えてもその効果は出ない。逆に言えば魔物の方にそのつもりが無くても本を読む事が出来る、パートナーの人間が呪文を唱えてしまえば、イヤでも発動してしまうのだ。
 どうやらその辺りは魔物達の住む魔界とは違うらしく、魔物自身がどんなに強くても、人間界ではパートナーとなる人間が本を読まない限りその力を使う事が出来無い。呪文の基本的な威力が元々魔物自身が持っている力次第でもそれが発動するかどうか、そしてその威力の強弱をコントロールするのは呪文を唱える人間の心の持つ思いの強さだ。更に言うならばどれだけ呪文を撃てるのかも、人間の心の力に掛かっている。だからパートナーが死ぬと言う事は、本を燃やされる事と同じだけの意味を持っているハズだ。
 つまり人間と魔物、そのどちらが欠けても戦えないのだ。
 だからこそミューとフーヤ、この2人が置かれている状況はあまりにも厳しすぎると思った。
「……やっぱり、フーヤには聞こえてたんだ」
「検査の前から、ミューが何の病気かって予想はついてたみたいだったよ」
 本人を前にして無表情に、しかも淡々とフーヤは言う。それは今さら隠しても意味が無かったからかもしれない。ミューはさっきよりも青白い顔をしていたが、それでもしっかりした足取りでフーヤの方に歩いて行った。
「フーヤがそう言うんなら、間違いないもんね」
 そして、俺達に背を向けたまま続ける。
「意外と私って肝が座ってたのかな……自分がもうそんなに長くないって分かったのに、こんなに落ち着いていられるなんてさ」
「あんた、自分が何の病気か気が付いてたのか?」
「情報さえあれば、症状からどんな病気か予想する事ぐらい出来るじゃない?」
 俺の問いに、あっさりした口調でミューは答えた。
「そりゃ素人だから間違えてる可能性も高いけれど、でも、こういう時に限って当たっちゃうんだよね」
 そう言いながらミューは俺達の方へ振り向いた。死が間近にあるのをはっきりと自覚したせいなのか、それともこれが本来のミューなのか、初めて会った時に見た頼りない雰囲気はすっかり影を潜め、強い意志を感じさせる眼に俺は圧倒されそうになった。
「フーヤには悪いけど、私は生きていられる限りこの王を決める戦いから逃げるつもりは無いの。避けられるなら避けるけど、避けられない時は真っ向から受けて立つわ。だってもし君達と戦わないですんだとしても、これから出会うコンビとはどうなるか分からないし」
 フーヤは途中で何か言おうと口を開きかけていたが、それさえも許さないミューの視線を受けてか黙ったままだった。
 それに、ミューの言う事はもっともだった。魔物達の王になるため人間界に送り込まれた魔物達の中には、パートナーの人間と共に世界各地を回ってライバルの魔物を探しては戦う奴等がいるほどだ。そうでなくても魔物の中には他の魔物を感知出来る奴もいる。何より人間界にいる限り魔物達は──そしてパートナーとなった人間も、この戦いから逃れる事は出来ないのだ。……だけど。
「……あんたは、それでもいいのか?」
 どうしても聞かずにいられなくなって、俺は聞いた。
「自分の命が削られるって分かってて、それでも戦うのか?」
 しかしきっぱりと、ミューは言い切った。
「時間が限られてるからこそ、後悔したくないんだ」
「戦っている間にお主が死んでしまうかもしれないのだぞ?!」
 俺と同じ思いを持ったのだろう、俺の隣でガッシュが叫んだ。するとミューはガッシュに向かって微笑んだ。
「いつか死んでしまうのは誰だって同じだよ? ただ、私はそれがこの年でってだけ。それにフーヤと出会う前から病気の徴候はあったから、この戦いに巻き込まれてなかったとしてもこうなるのは変わらなかったと思う。むしろ感謝してるんだ、それに対する覚悟が出来たから」
「どういう意味だ?」
 思わず俺が聞き返すと、ミューは笑みを崩さずに答えた。
「だって、この戦いは文字通り命がけじゃない? 相手の攻撃が人間に当たったらただじゃすまないんだもの。君にも、そんな経験ってあるんじゃない?」
「……ああ」
 頷きながら、俺はここに入院する原因になったブラゴという魔物とシェリーという女のコンビの事を思い出していた。そしてそれだけじゃない、他のコンビとの戦いでもまた、入院とまではいかなくても寝込むようなケガを何度もさせられていた。
 更に、ミューは話を続ける。
「それに、相手の人間を殺してそれから本も燃やすなんて事を言うコンビだっているんだもの、関わっている間はイヤでも死ぬ事が近くにあるじゃない。私達の場合、最初に会ったのがそういうタイプだったから余計にそう思うのかもしれないけど、でもそのおかげで戦いに挑む時の覚悟も出来た。──だから」
 そう言って、ミューはフーヤの肩に手を置いた。
「フーヤには、この先覚悟を決めた人間の力がどんなものかを見てもらうわ。私が死んでフーヤが魔界に返されても返されなくても、そこに何かが残ると思うから……私が勝手にそう思ってるだけかもしれないけど」
「そんなことは……」
「……んなこたねぇよ!」
 俺のセリフを遮って、フーヤは俺も言おうとした事を言った。そしてうつむいたまま、ミューの方へ向き直った。
「ミューにはいろんなコトを教わった。でも、それでもまだオレが知らないことはたくさんあるんだ。ミューが死ぬことからも学べって言うんなら学んでやる。だから、ミューが死ぬまでは、絶対に負けないからなっ……!」
 最後の方は泣き出すのかと思うほど引きつった声でそう言うと、フーヤは走って病院の中へ行ってしまった。俺もガッシュもそれを呆然と見ていた。
 やがて、再びミューが俺達の方を向いた。
「本当の事を言うと、もし私がこんな病気じゃなかったら、私は君達と戦ってみたかったな。この戦いって、勝っても負けてもそこから得られるものって大きいから」
「……俺は、戦わなくて安心したよ」
 ミューの言葉にそう返しながら、思わず苦笑いしてしまう。本当に戦う事になっていたら、この人に──このコンビに勝つのが容易じゃないのが目に見えていたからだ。
「私も、お主達と戦わなくてよかったぞ!」
 ガッシュもどこか無理をしているような明るい声で言った。「たとえお主が元気で会っても、良い奴とは戦いたくないのだ!」
 すると、ミューは穏やかな笑顔を見せた。そしてありがとうと言うと、俺達の名前を聞いて来た。考えてみれば1度も名乗っていなかった。
「清麿だ。高嶺清麿」
「私はガッシュ・ベルなのだ!」
「清麿君と、ガッシュ君ね」
 ミューは頷きながら俺達の名前を繰り返した。「……君達に会えて、嬉しかったわ」
 そう言ってミューは手を振り中へと戻って行った。──穏やかな、柔らかい笑みを残して。


 ←

 other novel

 topmain menuaboutchallengelinkmail