“彼が魔王にならない理由”
彼らが初めて出会ったのは、ヤーマス行きの奴隷商人の幌馬車の荷台の中だった。
「……なあお前、“死食の生き残り”だろ?」
それは辺りを憚る小さな声だったが、それでも彼を驚かせるには十分だった。
「な、なにを、いったい……」
声を上擦らせながら、彼はそれだけ言うのがやっとだった。しかし彼は笑みさえ浮かべながら言った。
「オレ、色んなモノが見えるんだ。たとえば、お前の中にある大きな力のカタマリとかさ」
「……何で、そんなモンがあるって分かるんだよ」
警戒心を露にして言う彼に対して、彼は余裕の調子で応じる。
「これでも一応術が使えるんだ。それぐらいのコトが分かる程度に、オレの力は強いよ」
──分かる“程度”ね……
その意味とは裏腹に、それだけ彼の自信が読み取れる言葉だった。彼は内心をため息をつきながら、ふとある事に思い当たった。それならば、何故……
「そんなヤツが、何で奴隷になんかされてこんな所にいるんだよ?」
それに対する彼の答えは、内容に反してあっさりしたものだった。
「分かんない? 親に売り飛ばされたからに決まってんじゃん。あんまり力が強いもんだから逆に嫉妬されて、寝ている間にスマキにされてポイだよ」
「はぁ?」
しかしよく考えてみれば、ここにいる子供達は皆そうなのだ。みんな親に売り飛ばされたか、さもなくば子供専門の人攫いに誘拐されて来たか、そんな者ばかりなのだから。
もしかすると彼の理由は違うかもしれない。彼はそう思った。大体この状況で、わざわざ彼が何者であるのかを確認した上で話し掛けて来たのだ、きっと何かあるに違いない。そんな自分の考えに、長い事感じる事の無かった“希望”の成分が混じっている事を無視しつつ、彼は聞いた。
「……お前、目的は何だ?」
「物分かりのいいヤツで良かったよ」彼はニヤリと笑って、少し身を乗り出した。「ここから脱走するんだ。オレはボロキレになるまで働かされて殺されるのはゴメンだ。オレはオレらしく生きて死ぬ。
お前は? どうなんだ?」
「……………!」
そう聞いて来た彼の顔は笑っているにも拘らず、目だけは真剣さをたたえていた。そこで彼は初めて、これまで自分が何をしたいのか考えた事が無かった事に気が付いた。死食の後に生き残ったただ1人の子供、その事実が余りにも大きすぎて──自分が前回の死食の生き残りである魔王と同じ道を歩むのでは無いかと言う不安のあまり、そういった事を考える余裕が無かったのだ。
そんな彼の様子に、彼は再びニヤリと笑った。
「まあいいさ、とりあえずオレと来てくれれば。オレ、魔力が強すぎてさ、たまにコントロール出来なくなる事があるんだ。そうなったらマズイし、何よりこんなトコで失敗するワケにはいかない。だから」
「まさか、オレにそれを抑えろって言うのか?」
それには流石に彼は慌てた。力があると言われた所で、その力の使い方を、彼は知らないのだ。しかし彼は明るい笑顔で言った。
「そゆコト。分かってんじゃん」
「でもオレ、力の使い方なんて分かんないよ」
「だからって今のままでいるワケにもいかねぇだろ。そのためにも、ここから出るんだよ」
そして彼は彼に自分の計画を耳打ちした。
…………
空を薙ぐ鋭い風の音。
何かが切り裂かれた鈍い音。重さのある落ちる音。
男が絶叫する。一瞬にして失われた自らの手首、そこから吹き出す血。
痛みを感じる余裕すら無い程の驚愕。
前後で馬を走らせていた男の仲間達が何事かと集まって来る。
仲間達が半狂乱の男を馭者台から引き摺り降ろそうとしたその時、荷台の中から手が伸びて来て手枷の鎖で男の首を絞めた。
「おとなしくしろ」
奴隷として捕まえて来た少年達にはロクな食事を与えていなかった。にも拘らず、そうとは思えぬ程の力が込められ男がもがき呻く。だがそんな事はお構い無しに、煤けた金髪の少年は続ける。
「魔王のご命令だ、ウィルミントンへ行け」
それを聞いて、男の仲間達は呆れた。魔王なんてモノはとっくの昔に死んでいる。今いるのは魔王によって召還された四魔貴族だけだ。しかも何故、それらと縁も所縁も無いウィルミントンを目指せと言うのか。
男達はそう嘲った。しかしそれも一瞬だけだった。再び空を薙ぐ鋭い音と共に、別の男の片腕が切り落とされた。
「ばーか、やるコトがあるから行くに決まってんだろ」
少年の後ろから、黒髪の少年が現れた。「つべこべ言わねぇでウィルミントンへ行け。これでも感謝してるんだぜ? なんたって記憶が戻ったんだからな」
そう言いながらまた風が薙ぐ。今度は身体の一部の代わりに太い木の枝が男達の背後に落ちた。
「身体が違うから、どーも感覚が違うな」
しれっとして少年は言う。しかし、そこには余裕がある。
口調は軽いが、何故か圧倒される。男達の1人が叫んだ。「まさか、魔王が生まれ変わったってのか?!」
黒髪の少年は言う。「だったら、どうすんだ?」
流石の男達も言葉を失う。これ以上逆らうと言う事は自らの命を亡くす事に繋がると、本能的に悟った。
…………
手首や腕を落とした2人の男を縛り上げた上で、奴隷として連れて来られた彼ら以外の少年達と同じ幌の中に放り出し、残った男の1人に先導させ、もう1人に馬車を任せ、彼ら2人は後ろから馬に乗ってそれに付いて行く。
彼の計画はこうだった。彼の代わりに術が使える彼が魔王のフリをして、脅しを掛け、ヤーマスとは反対方向になるウィルミントンに向かわせる。
「なんでウィルミントン?」
「あそこに四魔貴族に対抗する為の力を集めてる商人がいるって話なんだ。でもそれだけじゃない。死食の生き残りも捜してるんだ。もしそれが本当に存在して、もし魔王と同じ力を持ってるなら今のうちに、それも出来るだけ早く見つけたいってさ」
「どうして?」
「“魔王2号”を作らないためだとさ。でももうこんだけ経ってるからいい加減ヤバイだろーけど、それでも魔貴族側につく前に探し出したいって聞いたよ」
「……何で、そんなに詳しいんだ?」
「それは、これが終わったら教えてやるよ」
彼は言った。男達が脅しに掛からなかったとしても、動けなくした上で馬を奪えばいいと。自分の目的は連れて来られた少年達を解放する事ではない。自分が脱走出来ればそれで良く、後の事はそのついででしかない、と。
とりあえず、今の所彼の計画は成功している。不安要素があるとすれば、それは彼ら以外の少年達だ。少年達の中から裏切り者が出て男達を解放したら、彼はどうするつもりだろう?
「決まってんじゃん、そこで見捨てて俺らだけで行くさ」
「馬だけ奪って?」
「そう。とりあえず南に行けば何とかなるハズだし」
「……もし、通り過ぎたら?」
「そん時はそん時! 今はウィルミントンに行く事だけを考えてりゃいいさ」
そして、何事も無くウィルミントンに辿り着いた。しかし彼がそのまま男達を解放する訳も無く、街に入る直前に術で他の少年達共々術で眠らせ、目的の商人の所へ突き出したのだった。
「これ以上、やって欲しい事でもあったか?」
その言葉を聞いて、彼は彼を見た。結局、彼は彼が妙に事情を知っている理由を聞いてなかった。どうやら元々商人と繋がりがあった様だ。
「──いや、むしろ余計なモノまで連れて来て欲しく無かったな」
「あんたに渡した方がいいと思ったからそうしたんだよ。そうだろ?」
自信たっぷりに言う彼に、商人は暫し彼を見つめた後、ため息をつきながら言った。
「……私としては、この先君が敵にならない事を祈るばかりだよ」
「それはこいつ次第かな。じゃ、ちょっと休むから適当な部屋借りるぜ」
「2階の突き当たりを使うといい」
彼の腕を掴んできびすを返す彼に、商人はそう言う。彼は後ろ向きに手をひらひらさせて答え、部屋を出た。
そこで彼は思い切って、歩きながら彼に言った。「やっぱり、オレが目的だったんだな?」
彼はあっさり頷いた。
「ああ、そうさ。でも、オレの言ったコトはウソじゃないぜ? あいつにオレが拾われたのも、お前と勘違いされたからだった。だからオレは取り引きをして、お前を探し出したんだ」
「取り引き?」
「ウデのいい術士を1人でもいいからオレにつけろってな。いくら力が強くたって、制御出来なきゃ意味が無い。ま、そーいう意味じゃオレもお前と同じかもな。力がうまく使えないんだから」
「〜〜あれで?」
「言っただろ、暴走する事があるって。そうなったら全部ぶち壊しになっちまう。それじゃしょーがねぇだろ?」
そして部屋に入ると、彼はそのままベッドに突っ伏した。
「んじゃ、オレちょっと寝るから。ハラ減ってんならあいつに言えば食わせてもらえるだろ……」
「あ、おい! まだ聞きたい……」
しかしあっという間に彼は眠ってしまっていた。うつぶせでよく眠れるなとか考えながら、彼もまたベッドに倒れ込む様に眠ってしまった。
…………
少年達が執務室を出るのを見送ると、フルブライト12世エドワードは息子のチャールズにモウゼスに行ったと言う例の術士を連れて来る様に言った。やっと探し出した死食の生き残りの少年に、力の使い方を教えさせる為だ。
エドワード自身も術の心得はあるので、カレル程では無いにしても相手の魔力を感じ取る事は出来る。しかしカレルに連れられ現れたアレックスと言う名のその少年からは、常人並の魔力しか感じられなかった。それはまだ目覚めてない為なのだろうか?
何にしても、これには賭けの要素が強い。もしこれまでにアレックスが人間に敵意を持つに十分な出来事があったなら、エドワードの行動は裏目に出る事になる。そうなった時の頼みの綱はカレルだが、あの様子ではどちらに転んでもアレックスについて行こうと考えているらしく、過信は出来ない。とりあえずカレルの要求はシノンの森の魔女に預ける事で満たせそうだが──それもどちらに転ぶ事になるのか、流石のエドワードでも予測が付かなかった。
…………
数日後、彼は別れと出会いをまとめて体験した。
彼をここに連れて来た彼が、東の術士の元へ旅立ったのだ。自分の力をより強力に制御するには、まず術について系統立てて学ぶ必要があった為だ。
別れ際、彼は言った。
「人間の敵になるにしても味方になるにしても、絶対オレには声をかけてくれよな。それまでには制御出来る様になるからさ」
そうして彼は商人の手配した船で行ってしまった。そして入れ代わりに彼の前に現れたのは、若い女性だった。
「君がアレックス? 初めまして、私はヴァッサール。フルブライトさんから、君に術を教える様に頼まれたの」
「ヴァッサール?」
彼はその名に疑問を持った。すると、術士は言った。
「通り名よ。というより、術士としての名前ね。私の一族は術士になる時、得意とする系統に属する精霊の名前を戴くの。そして私は玄武術士。だから“ヴァッサール”よ」
そして術士はこれからよろしく、と言って手袋を取ると右手を差し出した。彼も慌てて右手を出してその手を握った。やわらかな手だった。
ふと、彼は姉の事を思い出した。村の誰もが──それ処か実の両親までもが“魔王”の影に怯え、彼を殺そうとするか近寄ろうとしなかった中でたった1人自分を励まし庇ってくれたたった1人の姉。男勝りで、その上狩猟の腕でも村の男達を軽く上回り、その力で全力で彼を護ってくれた。
見た所、その姉とこの術士はさほど年が変わらない様に見える。だが、彼の姉の手はこれ程やわらかくなかった──様な気がした。奴隷商人に攫われてから何年も経っているので、もう記憶も朧げだが。
「どうしたの? 固まっちゃって」
握った手を見たまま動かない彼に、術士が聞く。彼は首を振った。
「……何でもないです。これからよろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいわよ。それから、私の事も呼び捨てでいいから。変な敬称付きで呼んだら、攻撃術の1つや2つは覚悟してね」
にっこりと笑みを浮かべて言う術士のその言葉は口調に似合わず不穏当なモノだったが、そういう所も彼に姉の事を思い出させた。彼は苦笑すると、言った。
「分かったよ、ヴァッサール。──これでいいんだろ?」
「大変よろしい。それじゃ、早速行きましょうか」
「どこへ?」
「決まってるじゃ無い、基本術を覚えに行くのよ。とりあえず今日は蒼龍にしとこうかしらね……」
こうして、彼のウィルミントン生活は幕を開けた。
彼が“聖王”として四魔貴族への対抗を開始するのは、それから6年後の事である。
end
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