“Entrance of Paranoia”
2
……若きメカ工学者……
マンハッタンには2つの側面がある。1つは文化の発信地として、もう1つはこのリージョン界を実質上支配している巨大組織、トリニティの玄関口としての顔である。それを象徴するかの様に、トリニティとそれ以外の一般地区の2つに分かれていた。
この2つの地区の境目にあるのがセントラルゲートだ。2つの地区を行き来する時はここで必ずチェックを受ける。しかしリュートは以前レオナルド本人からパスを貰っていたので、それをちゃんと持っている事を確認すると、ブルーを連れて堂々とゲートの方に歩いていった。
「すいませぇん」ゲートを開けてもらう為、リュートは門番に声を掛けた。パスを見せびらかしながら言う。
「レオナルド博士に会いに来たんだけど、開けてもらえないかなぁ?」
門番は胡散臭そうな視線を投げ掛けながらもパスを手に取ると、機械に掛けた。
「よし、本物の様だな。そっちは?」
「マジックキングダムの術士、ブルーだ」門番に聞かれ、ブルーは自ら名乗った。
「俺の連れなんだ。分別はわきまえてるから大丈夫だよ」
保証する様にリュートは言ったが、それでも門番は身分証明証の提示を求めた。ブルーは素直にそれに応じ、門番はそれを照会に掛けると問題無いと判断したのだろう、証明証を返すと引き出しから2つのアームレットを取り出した。
「通る前にこれを付けてくれ。規則なんでね」
それは識別装置の一種だった。トリニティ関係者の場合はIDカードがその役割を果たすが、それ以外の者達にはこれを身に付けるよう求められていた。2人がそれを腕に嵌めたのを確認すると、門番はゲートを開けた。
「この一般用ゲートは午後5時には閉鎖される。それ迄に帰るように」
「あいよっ」
「わかった」
それぞれ頷くと、2人はゲートをくぐった。
中央研究所と呼ばれる広い敷地にある建物の1つ、工学研究所へ入ると先に連絡が行っていたのか、レオナルド自ら出迎えてくれた。
「やあ、よく来たね」
「突然訪ねてきて悪かったねぇ。おまけに出迎えてもらっちゃって」
「ちょうど手が空いてたからね。隣の人は?」
「初めまして、レオナルド博士」レオナルドの問いに、ブルー自ら答えた。「マジックキングダムの術士でブルーと言います」
その猫の被りっぷりに、リュートは思い切り吹き出す。しかしブルーは全くそれを意に介さずにポーカーフェイスを決め込んだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ」リュートは笑いを押さえ込みながら言った。
「それよりさぁ、ここにゲンさんってのんべえのおっさんが来なかったかい?」
「ゲンさん?」レオナルドは首を傾げた。
「うん、実はそのおっさんを捜してるんだ。T260Gってメカとつるんでるんだけど、あんたのとこに行ったって話を聞いたもんだからさ」
「ああ、それならここに来たよ」
T260Gの名を聞いてやっと得心した様に頷くと、レオナルドは通路を指差した。
「そこから先は僕のラボで聞くよ。記録も残ってるから確認できるしね」
流石メカ工学者だけあって、ラボは様々な機械装置で溢れていた。
「適当に座ってよ。今呼び出すから」
そう言ってレオナルドはコンソールの前に座るとそれを操作した。するとその正面の壁一面に幾つもあるモニタの1つに映像が映し出され、そこにゲンとT260Gの姿があった。
「この人でしょ? 君達が捜してるのって」
レオナルドが示した人物を見て、リュートは頷いた。ブルーは初めて目にする捜し人の姿を記憶しようと画面を見詰めていた。
「2人とも、おととい来たばっかりだったんだよ」
「今、どこにいるか分からないかな?」
だがリュートのその問いに、レオナルドは首を振った。
「それは分からないな。でもまたここに来るはずだよ。いつになるかわからないけどね」
それを聞いてリュートは事情を説明すると中島製作所の社員にしたのと同じ事、つまりゲンと話す事があったら連絡をくれる様にとの伝言を頼んだ。レオナルドは、快くそれを引き受けた。
「それじゃあ、いつでも連絡取れるようにしておかないとダメだね。君達、通信機とか持ってる?」
「うんにゃ」「いいや」2人はそれぞれの言葉で否定した。
「じゃあ、これをあげるよ」
レオナルドは部屋の隅の機械の山を漁ると、手で握って隠せる程度に小型の携帯型通信機を取り出した。それを2人に手渡し、そしてリュートは受け取りながら思わず聞いた。
「いいのかい? こんなんもらっちゃって」
「うん。ちょっと作ってみたかっただけだから」
にこにこしながらレオナルドは言う。どうやら自作の物らしい。「大丈夫、ちゃんと使えるから」
そして更に山を漁りながらレオナルドは言った。
「他にもいろいろあるんだよ。こんなのとかも、どう?」
取り出された品々は、子供向けムーヴィーにでも使われていそうな代物の数々であった。例えばそれは時計の形をしていたり、アームレットだったり、そんな“如何にも”微妙に胡散臭さの漂う物ばかりだった。だがレオナルドの作品だけあって、非常に高性能なのは間違いない。
「これも全部通信機なんだよ。もしこっちのほうがいいんだったら交換するけど?」
「あ、じゃあ俺これもらい」
リュートが手に取ったのは、ヘッドセットマイクに見えるタイプの物だった。レオナルドにその使い方を説明してもらうと、リュートはそれを荷物の中にしまった。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
「何かあったらまたおいでよ。先に連絡してくれれば僕も都合を合わせられるしね」
そう言ってレオナルドは自分への直通コードのメモを渡した。
レオナルドがゲートまで送ると言うので3人で廊下に出ると、白衣の男が1人、座り込んでいるのが目に入った。
「君、どうしたの?」
レオナルドが声を掛ける。すると突然白衣の男はこちらを向くと、レオナルド目掛けて突進してきた。
「危ない!!」
リュートとブルーは同時にレオナルドの腕を引っ張り後ろに下げた。男はそれを見ると跳躍し、背後から襲い掛かろうとしたがブルーがその手を払いのける。ナイフが硬質の音を立てて床に落ち、失敗を悟ると男はきびすを返して走り出した。
「待て!」
ブルーが叫ぶ。咄嗟に魔術の基本術・エナジーチェーンの詠唱を始めたが、それが終わる前に傍の窓から逃げられてしまうだろう事にも気付いていた。
だがその瞬間、その脇を風が掠めていった。リュートがいつもの様子やその行動からは想像もつかない早さで男目掛けて駆け抜けて行ったのだ。その手にはいつの間にやら鞘に収められたままの、すぐには抜く事が出来ない様にか柄と鞘の所に布の巻かれた剣があり、それで窓枠に手を掛け乗り越えようとする男の脇腹をしたたかに打ち据えると、男は床にしゃがみ込んだ。
「ブルー、頼む!」
レオナルドと共に目の前で繰り広げられた出来事に呆気に取られていたものの、リュートが何を求めているのかを悟ったブルーは中断していた詠唱の続きを唱え、男に向け放った。
“Energy Chain!”
魔力の鎖は男に絡みつき、もがきながらも逃げようとする男の行動の自由を奪う。やがて騒ぎを聞きつけた保安部の者達がやって来ると、レオナルドがその1人に事の次第を説明し、他の者達のうちの2人が床に転がったまま身動きの取れない男を引っ立てた。
リュートとブルーも事情を聞かれ──特に武器を持っていたリュートは念入りに──、そしてレオナルドが2人の身分を保証して保安部員から解放されると、帰る前にひと息入れさせてくれというリュートのひと言により、3人は研究所内の喫茶室へ足を運んだ。
話題は自然と先程のリュートの動きに向かった。それは何処をどう見ても鍛えてあるとはお世辞にも言えないその体格から全く想像出来る様なものではなく、実際、何かやっていたのかという問いにリュートは首を振った。
「せいぜい野山を駆けずり回ったりかーちゃんから逃げ回ったりした程度だよ。だから逃げ足には自信あるけどね。あとは旅に出るちょっと前に、かーちゃんから武器の扱い方とかムリヤリ覚えさせられたぐらいかな」
「何だか強そうな人だね、君のお母さんって」
「強いなんてモンじゃないよ、ありゃ」
レオナルドの言葉にリュートは力強く首を振ると、いつもよりも遥かに早口で一気にまくしたてた。
「元軍人だったからかどうかわかんないけど、かーちゃんにしてみりゃそこらヘンのモン全部武器だもん。それに術の心得まであるから俺なんかじゃぜんっぜんたちうちできないし、朝っぱらからめざましがわりにコブシは飛んでくるし、村でヤバいモンスターが出たってーと必ずかーちゃんとこに回ってくるうえ喜び勇んで退治に行くし、祭りの時の腕比べなんてかーちゃんが出るとカケにならないから面白くないし……」
しかしそんな勇猛な人物だからこそ、この貧相な息子の旅行きに不安を感じていたのだろう、その旅立ちにあたって先程リュートが攻撃に使った“剣”を与えたと思われる。それは彼女が軍人時代にある重要人物を護衛する際に特別に作らせ、持ち主の意志に応じてその長さや形態を変化させるという代物で、巻いてある布は迂闊に鞘から抜かない様に封印しておく為だった。
「でもその辺のもの全部武器になるなんて、まるで噂に聞くワカツの剣豪みたいだね」
「俺もつくづくそう思うよ」
リュートは頷きながら茶をすすった。しかしそこにリュートも知らない、母親に関する1つの真実がある事に気付いてはいなかった。
ゲートをくぐると、辺りはすっかり日が暮れていた。
「じゃあ、またね」
「うん。連絡待ってるよ」
門番にアームレットを戻し、レオナルドに手を振りながらリュートとブルーはそこを後にした。
そしてそれが、2人が生きているレオナルドを見た最後になった。
……天才科学者の死……
朝、ブルーが重い頭を振りながらTVを付けると、信じられない光景が映し出された。
「何だい?」
その時リュートは朝のヒゲ剃りをしていたが、呼び掛けられその指の先のモノを見て思わずカミソリを落とした。
昨日行ったばかりの工学研究所の建物が、一部を残して吹き飛んでいた。
“……メカ工学の第一人者として知られるレオナルド博士の死亡も確実視され……若くして失われたその才能を惜しむ声が関係者の間から……”
「マジかよ、おい……」
「信じたくはないが、その時そこにいたのは確からしいから、本当なんだろう」茫然としながらも、嫌でも目が覚めたブルーは言った。
「何がどうしてこうなっちゃったんだよ?!」
「爆発事故じゃないかとは言われてるらしい。詳しい事はまだ分からん」
そんな話をしていると、画面が変わってトリニティの情報・警察部門のトップの人物が映し出される。それはリュートをヨークランドからマンハッタンまでのシップに乗せてくれた人物、モンドであった。久し振りに見るその顔に、リュートはIRPOの捜査官だと言うヒューズが言っていた世間一般的な評価を思い出した。
“切れるが冷たい、裏では“冷血”“氷の刃”などと呼ばれている……”
──確かにこういう立場にあるんじゃ、そう言われててもしょうがないよなぁ。
リュートが納得しているその隣で、ブルーは彼にしてみれば修士任命式以来に見るその人物が、高い地位にある事を改めて認識した。ブルーもまた、リュートが聞いたのとは違うモンドのある側面を見ていたのだった。
やがて再び画面が代わり、次のニュースになる。2人共モンドに対する其々の認識を頭の奥に引っ込めると、同時に口を開いた。
「あのさあ」「おい」
互いに目を合わせる。次の言葉を先に口にしたのはブルーだった。深いため息を付くと言う。
「……とっととヒゲ剃り終わらせてこい。そのマヌケ面が相手では話をする気にも聞く気にもならん」
「あ、忘れてた」
リュートは落としたカミソリを拾うと再び洗面所に引っ込んだ。
……あるトリニティ幹部とその首席秘書官の会話……
「……レオナルド博士が巻き添えを喰ってしまったな」
「まさかあのフロアにやってくるとは……申し訳ありません」
「彼にはまだまだ色々と働いてもらうつもりだったのだが……仕方あるまい、些か計画を変更せざるを得ないな」
「……処で彼といえば、爆発の数時間前、博士の所に例の“彼”が訪ねてきてましたよ」
「間一髪だった訳か。それで?」
「今度は面白い子と一緒でしたよ。今年卒業したばかりの裏キングダムの術士、あなたの期待のあの子です」
「ほう、それは珍しいな。やはり相変わらずの無表情だったのか?」
「カメラにちゃんと残っていますよ。御覧になりますか?」
「元気にやっているならそれでいいさ。しかし何だな、随分対照的な組み合わせだな」
「見ていて面白いですよ。彼はいつもにこにこしているのに、その隣のあの子の方は殆ど表情が変わらなくて」
「裏で育った人間は大抵負の気を背負っているのだが、あの子にはそれすらも感じられない。やはり、副作用か」
「その可能性は否定出来ませんね。尤も私はその場にいた訳ではありませんので、あなたから聞いた範囲でしか分かりませんが」
「私にも分からないさ。ただあの時の封印が解けない事を願うのみだ。……しかし、目的の為には手段を選ばずとはこの事だな。あちらにしても、この私にしても……」
「しかしあなたのしている事は誰かがやらねばならない事です。己の地位に胡座をかいて座っている様な連中と一緒になさらないで下さい」
「──、私のやっている事が、正しいと思うか?」
「私はいつでもそう思っています。私は、あなたの行く所なら何処へでも付いて行きますよ」
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