“Entrance of Paranoia”



 ……悪夢……

 リュートとブルーはシップ発着場にいた。心術の資質を取るべく、京へ行く為だ。
 チケットは買ったものの、搭乗予定時刻までまだ1時間も余っていた。仕方が無いので2人は待合室へ行くと空いているベンチを見つけ、そこに座った。
 座ったままじっとしているうちに、ブルーは猛烈な眠気に襲われた。まだ体調が完全ではない事もあるのだろう、リュートに時間が来たら起こす様に頼むと、返事を聞くよりも早くブルーは眠りに落ちていた。

 ……また、あの歌が聴こえる。
 しかし今それを歌っている声は以前の夢とは全くの別人のものだった。しかも全てが靄の向こうにある為、歌っている人物の顔すらもよく見えない。辛うじてただ1つ、眼鏡を掛けている事だけは分かった。
“この時、あなたは1度死んだ”
 不意に耳に入って来たその声に視線を動かすと、栗色の髪の女性がそこにいた。ブルーを見る事無く、無表情に彼女は続ける。
“2人を1人にする過程であなたの生命力は徐々に失われ、それを私が補った。この時交わした契約を、果たしてもらう時がもうすぐ来る”
 ──契約だと?
“今は分からなくとも、何れ思いだす。……時が来れば”
“それ迄に僕がこの鎌を揮わなければね”
 突然響いてきたその声に彼女は強い反応を示した。“それ”はあの時歌っていたものの様に背中に翼を生やしており──だがその色は白ではなく蒼かった──また性別のはっきりしない点も同じだったが、声や姿形はまるで違っていた。こちらの方がずっと小柄で華奢な体付きをしている。
“あなたはもう随分と長い事この現世にしがみついている。かといってアンデッドになる訳でも変化《へんげ》する訳でもない。こんなにも長い期間見逃しているのだから、今度こそ成仏して下さいよ。でないと──”
 大鎌が出現し、高々と掲げられる。“それ”が笑みを浮かべる。それは温和さと冷徹さを兼ね備えた笑み、何よりこの世ならざる物だけが出来る笑みだった。彼女が叫ぶ。そして──

「うわあああっ!!」

「……ブルー?」
 自分を呼ぶその顔を見てブルーは思わずのけ反り、背もたれに貼り付いた。しかしここが待合室であり、目の前にいるのがリュートである事に気付くと急に自分が情けなくなり、深いため息を付いた。
「どうしたんだい?」
「いや……大した事じゃない」
 どうかしている、ブルーは思った。この間抜け面があの“それ”に見えるなんてどうかしているとしか思えない。
「お前がそう言うんならいいけどさ」リュートは言った。「それより、もうすぐ時間だぜ」
「分かった」
 そしてシップに乗り込み、座席に落ち着いたところでブルーは先程の夢の中身を思い返した。夢の中で、あの女性はブルーが1度死んでいると、そしてそれは“2人を1人にする過程で”とも言っていた。あれは、一体どういう意味なのか。確かに自分は双子としてこの世に生を享けた。そして双子であるが故に成さねばならない事がある。だが自分が死んでいるというなら、今ここにいる自分という存在は何だというのだろう?
 更に気になるのはあの靄の向こうの風景である。何故かブルーはあの場所に見覚えがある様な気がしてならないのだ。それは歌っていた眼鏡の人物についてもそうだった。
 ブルーは頭を振った。こんな事で考え込んでいる場合では無いのだ。訳の分からない夢に悩んでいる暇があるなら、その間に資質を入手する為の手段を考えるべきなのだから。
 しかしブルーは京の道場で、改めて“2人を1人に”という言葉の意味を考えさせられる破目になる。


 ……“それ”の呟き……

 肉体を喪った魂は、早々に刈り取って新しい器に収めなければならない。そうしなければその魂は蒸発して永遠に失われてしまうからだ。新たに魂を創り出すのは非常に手間の掛かる作業なので、出来る限りその様な事態は避ける必要がある。その為に人々の言うところの“死神”という存在が必要なのだ。そして“それ”は、気の遠くなる様な時間をそうして過ごしてきた──といっても、たまに気紛れを起こして“現世”の存在になってみることもあったが。死神は複数存在するのだ。
 “それ”が死神として過ごしてきた中でも、“彼女”は非常に特異な存在だった。何千年もの時間を過ごしたにも拘らず死んだ時の状態そのままで、たった1つの目的の為に存在し続けている。最近になってやっとその目的を果たすだけのものを見つけて共生している様だが、目的が果たされた後、“彼女”がどうするのかが“それ”の気になるところであった。──おとなしく刈られてくれるのであればそれで良いのだが。
 “それ”はもう少し様子を見る事にした。最後まで成り行きを見てみたいというのもあるが、“彼女”だけに構っていられないという現実的な問題もある。
 ──あなたが目的を果たす日が来るのを、楽しみにしているよ……
 “それ”は今自分を見ている筈の無い“彼女”に向けて笑みを送ると、仕事に戻った。
end
よんだよ


 ←あとがき?

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