“ここではない、どこかへ”



 9月に入って夏休みも明け、ウェント達は学年が1つ上がった。
 祭まで残りひと月を切る頃から、ヨークランドは俄然慌ただしくなる。大人達は準備に走り回り、子供達もそわそわと落ち着きが無い。
 とは言え子供達の中で忙しいのは、殆どが奉納する演じ物の演じ手である。これは各地区でその年で13才になる子供の中から、地区毎に毎年交代して行く割り振られた役割に応じて1〜2人ずつ選ばれる。そしてウェント達の地区からは、マルヴェルとマルヴェラが選ばれていた。
「……そんなコトになるんじゃないかとは思ってたけどね」マルヴェルが言う。
「双子がいるときは必ずその地区に回してるもんね、この役ってさ」
 マルヴェラが言う。それもその筈、彼女達に当てられた役と言うのが伝説上では魔法の指輪を作ったとされる“双子の神様”だったのだ。
 そして練習の無いこの日、久々に5人は揃ってクルトの番小屋で顔を合わせていた。そのクルトはトリニティから通信が入ったらしく、先程からずっと通信室に籠っているのだが誰もそれを気にせず、むしろそれ以上に頭の中を占める不満に付いて喋りながらも、しかしいつも通り出してもらったココアはしっかり飲んでいた。
「大人のやることってミエミエなのよね。きっと、あたし達が生まれたときからそのつもりだったに決まってるよ」
「しょーがねーじゃん、そーいう役なんだからさ」
 それを聞いたマルヴェルとマルヴェラは同時にウェントを睨み付け、その形相にウェントは思わずぎょっとした。そして2人はウェントに詰め寄り一気にまくしたてる。
「そういう役だって言うけどね、役のイメージに合うから選ばれたんじゃないのよ、あたし達が“双子だから”なのよ?! じょーだんじゃないわっ」
「そうじゃなくたって目立ちたくて仕方がないのに選ばれなかった連中からは“双子は必ず選ばれるからいいよね”なーんてイヤミまで言われるんだからっ。あたしらだって好きでこの役になったワケじゃないってのにっ!」
 そのイヤミを言う人物が誰なのか見当が付いたウェントは、思い付いたままに言った。
「ああ、あのとりまき連れたきっつそーな女か」
「何だ、知ってるんだ」
「だってオレ記録班だし〜」
 マルヴェラの問いにしれっとしてウェントは答える。“自分の”カメラを手に入れて以来、何処へ行くにもそれを持ち歩くウェントはすっかりカメラ小僧として有名になっていた。そして祭の実行委員会に無理矢理ねじ込んで記録班に入れて貰っていたのだった。
「そうじゃなくても、ウェントとマルヴェラはおんなじクラスじゃないか」
 モンドが言う。あれから返って来た検査の結果が僅かに適性があると言う判定のみ、それも魔術だったおかげで彼は再び平穏な日々を過ごしていた。
「それもあるけどね」
「でも結局あたし達はやつあたりのネタにされてるワケじゃない?」テーブルを強く叩きながらマルヴェルは言った。「じょーだんじゃないわよ、まったくっ!」
「だいたい演じ手になりたい子なら他にもいっぱいいるのに、よりによって別になりたいとも思ってなかったあたしらにやらせるのはどーかと思うよ。それも双子だからってだけでさ」
「確かに大人が勝手に決めちゃうのは問題だよね。やるのはぼくら子供なのに」
「どっち向いて言ってんだよ」
 窓の外の方を向いたまま喋るイアンに向かってウェントが言うと、イアンはそのままの姿勢で答えた。
「うん、何かの気配を感じるからさ、気になって」
「なあんだ、気付かれてたのか」
「!?」
 突然上からわいて出た人影に驚いてイアンは仰け反った。髪は黒、そして素肌の上にそのまま着ているレザーのジャケットもパンツもブーツも全て黒尽くめのその人物は、感心の眼差しをイアンに向けながら窓を開け、そこから中に入り込んで続ける。
「やたら勘の鋭い子供がいるとは聞いてたけど、確かに相当だね。本当はもっと驚かせたかったけど、まあいいや」
「……あんまり子供をからかうなよ、こら」
 いない筈のクルトの声に子供達はそちらを見ると、あまりにも珍しいイアンの驚きの声を聞いて来たのだろう、通路側のドアに寄り掛かって立っていた。
「子供だからだよ。大人だとすぐ怒り出すから面白くない」
「そういう問題じゃないっての。大体仕事ならお前じゃなくてあっちで十分だろーが」
「せっかく久し振りに会いに来たって言うのに、相変わらず冷たいね」
「あ、あの……?」
 突然現れたこの人物がクルトの友人らしい事は分かるものの、状況がよく呑み込めない子供達を代表してモンドが聞く。すると、クルトはため息を付きながら答えた。
「こいつはラズロっつってな、まあ養成学校からの付き合いなんだ」
「君達の事は、クルトから聞いてるよ」ラズロはにやりと笑って言った。
「でコトは、この人もトリニティの役人なワケ?」
「〜〜そんなモンだ」
「じゃあ、何で制服を着てないの?」
 歯切れの悪いクルトの答えに、素朴な疑問をイアンがぶつける。役人ならば、仕事中は必ずそれに応じた制服を着ているからだ。
 しかしそれに対するラズロの答えは、明快だった。
「確かに僕がヨークランドに来たのは仕事だけどね、ここに来たのはクルトに会う為だからだよ。仕事は関係無い」
「関係無いったって、こっちにいる間はここに居座るつもりなんだろーが」
「こっちの方が近いからね。それに宿舎じゃ都合が悪い」
 クルトが深いため息を付く。くたびれた様な諦めた様なクルトのその様子に、子供達はこのラズロと言う人物が相当な強者らしいと思った。
 しばらくして、ようやくクルトは口を開いた。
「……まあ、俺にしてもお前の持ってるデータが欲しいってのはあるしな。そういう訳だ、お前ら、今日の所は帰ってくれ」
「ええ〜〜〜〜〜」
 当然の如く、ウェント達は不満の声を上げた。しかし、イアンだけが真面目に聞き返す。
「それは、研究のデータってこと?」
「ああ」クルトは頷いた。「だからまだここに居座るって言うなら、実験台になってもらうぞ」
 怪しい笑みを浮かべるクルトのセリフを聞いて、流石にそんなつもりはない子供達は素直に引き下がった。

 家路を辿りながら、イアンは言った。
「……だけど、何か気になるんだよね」
 前を歩いていたウェントとモンドは立ち止まると、振り返った。マルヴェル、マルヴェラの2人は方向が違うので既に別れていた。
「何が?」
「あのラズロって人。仕事で来たって言ってたけど、その仕事って何のことかと思ってさ」
「トリニティの役人なんだから、トリニティのだろ?」
「それもあるけど、それだけじゃないんだ」イアンは強く首を振った。「……あの人、多分、人間じゃないよ」
 イアンは気配に聡い。クルトがここのレンジャーになる前、3人で山奥に入り込んだ時も、イアンがその気配を察知したおかげでモンスターに遭遇する事無く帰って来られた事があった。
「でも、ほんのちょっとだけだけど人間じゃないヤツもいるんじゃなかったっけ?」モンドが言う。「だったら、別に不思議じゃないんじゃないか?」
「そういうことじゃない……んだけど、何が、引っ掛かるんだ」
 そしてイアンの勘はよく当たり、当然そこに事の善し悪しは関係無い。今回はこの様子からすると、あまりいい事では無さそうだった。

 そして次の日、マルヴェルとマルヴェラは学校に来なかった。
「2人そろってなんて、どうしたんだろう」周囲に気を使って、小声でモンドは言う。
 昼休み、3人は学校の図書室で顔を合わせた。実際にはイアンが間違い無くいる場所に他の2人がやって来た、と言うのが正しい。
「あいつら双子だから、こーいうときも一緒……ってのはヘンか」
「昨日のことが関係あるかもね」
 そう言ってイアンは本から顔を上げる。そのセリフにウェントとモンドはイアンの方に向き直る。イアンは2人を見ながら先を続けた。
「実は、もう1つ気になることがあるんだ」
 それは全ての双子に関する話題だった。イアンがたまたま両親が話しているのを小耳に挟んだのだが、何でも今年はあらゆる分野で重点的に双子が集められていると言う事だった。
 両親と言っても、イアンとの血の繋がりは無い。イアンは元々孤児で、3才の時の検査で微妙な数値を出した事から、様子見の為にトリニティ職員の子供のいない夫婦の元に預けられたのだ。当然今でもトリニティに勤めているので、場合によっては日常会話からでもそういう話を聞く事が出来るのだった。
「くわしいことは分からないけど、そういう話をするってことは、このあたりに引っ掛かったのがいるってことだと思うんだよね」
「まさか、あいつらが?」ウェントは聞いた。
「……可能性は高いと思う」イアンは言葉を選びながら頷いた。「だってここいらで今年13才の双子っていったらあの2人しかいないハズだし」
 だからこそ、演じ手にも選ばれたのだが。
 そして暫しの沈黙の後、ウェントは言った。
「帰りにでも、あいつらんトコ寄ってこうぜ。そーすりゃわかるだろ」
 モンドもイアンも、異議は無かった。

 イアンの予感は的中していた。2人の家に行くと“あの”ラズロがいたのだった。
「どうせだから、君達にも教えておいた方が良さそうだね」
 ラズロはそう言って説明した。例の検査でマルヴェルが陰術、マルヴェラが陽術の資質所持者と判明した為、これをトリニティ側が見逃す訳も無く、是非とも研究所に来て欲しいと言う事で、その交渉と言うのがラズロの仕事だったのだ。
「今、あの2人には練習に行ってもらってる。僕が連れて行くのはこの祭りが終わってからだからね」
「2人とも、行くって言ったの?」
「行かないと言う選択肢は、初めから無いよ」イアンの問いに対して、ラズロはきっぱり言い切った。「──でも、どちらもあっさり頷いてくれたけどね」
 ラズロのその言葉に合わせるかの様に、2人の両親がため息をついた。その様子からあの2人が“面白そう”などと言って承諾したのだろう事が、3人の少年達にも想像出来てしまった。マルヴェルもマルヴェラもこの田舎リージョンから出たがっていたのは確かだし、またモンドと違って術への興味が無かった訳ではないからだ。
「処で、君達はこれからクルトの所に行くんだろ?」ニヤリと笑ってラズロは言った。「僕はまだここでやる事があるから、シュライク行きのシップを手配する様に代わりに頼んでもらえないかな。勿論、祭の最終日のをね」

 番小屋への道を、3人は無言で歩いていた。イアンはともかく、特にウェントが黙り込んでいるのは、それだけでも十分に異常な事態だった。モンドにしても、これがまるで自分が対象にならなかった事への代償である様な気にさせられて、かなり複雑な気分になっていた。
 吹き抜ける涼やかな風と対象的に、重い足取りのまま番小屋まで辿り着く。ため息を付きながら3人が中に入ると、クルトと共に何故か問題の2人の姿がそこにあった。
「遅かったじゃない、どうしたの?」
 何事も無かったかの様にマルヴェラが言う。その隣で、マルヴェルはいつもの様にココアを飲んでいた。
「──っ、お前ら、なんで……」
「稽古はどうしたんだよ?」
 ウェントとモンドが同時に聞くと、マルヴェルが答えた。
「今日は衣装の採寸だけだったの。でもまっすぐ帰るのもなんだし、だから」
「だからって、おい……」
 その間イアンはと言うと、ラズロからの伝言をクルトに伝えていた。クルトは呆れた様な顔をしながらも頷くと、やはりいつもの様にキッチンに引っ込んだ。
「それより、研究所に行くって本気なのか?」
「当たり前じゃない、ねえ?」
「どーせ行きたくないって言ったってムダだもん、だったらさっさと決めたほうがラクじゃない?」
 モンドの問いに2人はあっさりと頷く。迷いの欠片も無いその様子に、ウェントは何故かムっとした。
「〜〜何で、そんなあっさり決められんだよ?」
「いつまでもウダウダしてるのがヤなだけよ」頬杖をついてマルヴェルは言う。
「それにもう会えなくなるワケじゃないしさ」マルヴェラが言う。「ただ、今までのように毎日じゃなくなるだけで」
「んなコト言ったって、お前らに帰ってくる気がなきゃ会えないじゃないか」
「それはしょうがないじゃない」
「どっちにしたって、その気があってもいそがしかったら帰ってこられないんだしさ」
「だから何でそんなふうに言えるんだよ!」
 ウェントは声を荒らげた。何故これ程ムキになっているのか、彼自身にも良く分からなかった。マルヴェルとマルヴェラが目を見開く。モンドも驚いた顔をしてウェントを見ていた。
「ウェント?」
 イアンに呼び掛けられて、ウェントは何故自分が注目されたのかに気付いた。
 ウェントは、涙を流していた。
「どうした?」
 クルトが3人分のココアの入ったコップを持って現れ、完全に凍りついている子供達を見回した。子供達は困った様に視線を彷徨わせたが、しかしウェントは乱暴に涙を拭うと小屋を飛び出した。

 ──何だよ何だよ何だよ!
 がむしゃらに走りながら、ウェントは心の中で悪態をつきまくっていた。
 マルヴェルにしてもマルヴェラにしても、何故ああも簡単に遠くに行く事を決められるのか分からなかった。自分達どころか誰にも相談する事無く、それもその場でOKの返事を言ってしまえるその神経が理解不能だった。
「ウェント!」
 呼び掛けられると同時に腕を掴まれる。振り払おうとしたが敵わず、ウェントは代わりに相手を睨み付けた。
「離せよ!」
「そういうセリフは自分が何処に向かってるか確認してから言え」
 それは追い掛けてきたクルトだった。言われて前を見ると、山が前にあった。どう考えても、自分の住む町とは反対方向だ。
「いくら凶暴性が低いと言っても、モノによっては襲われたらお前等なんかひとたまりもないの、分かってるだろ?」
「……うん」
 ウェントは素直に頷いた。それを見てクルトは手を放し、言った。
「しかし、行って欲しくないからってお前が泣くとは思わなかったな」
「オレだって思わなかったよっ」ウェントは真っ赤になって背を向けた。
 ウェント自身、何故涙を流したのか分からなかった。行って欲しくない、そう思っているのは確かではある。当たり前だった仲間達と遊び回り暴れ回る日々、それがいつまでも続くと信じていた。そうでなくなる日が来るとは思っていなかったのだ。
 そんなウェントの心を察したのか、クルトは言った。
「マルヴェルとマルヴェラの事だがな、選ぶ権利が無いって事だけは分かってやってくれないか? ただでさえ“演じ手”にさせられて不満たらたらなんだからさ」
「……そりゃわかってるけどさ」
 俯いたまま、ウェントは呟く。
 考えてみればあの2人が“演じ手”に選ばれたのもこの研究所行きも、強制されての事なのだ。やるのが当たり前、行くのが当然とされ、そこに本人の意志は無い。そして拒否する事も許されない。
 もしかするとマルヴェルもマルヴェラも、諦めているのかもしれない。そうでなければ幾らそこそこ興味があったとはいえ、あの2人の性格からして“演じ手”に選ばれた時の様に言いたい事を言いまくっている筈だ。それをしないのはやはり、相手が悪すぎるからなのか。
 しかし。
「分かるけど、何でこっちの話を聞いてくれないんだよ? あいつらだけじゃない、大人たちも、……トリニティのお偉いさんたちも」
「お前等にだって言い分はあるのにな……」
 クルトの口調に奇妙なものを感じ、ウェントはクルトを見上げた。
「確かに、資質持ちを野放しには出来無い。解明されてない事が多いからより多くのデータが必要なのも分かる。しかし、だからといって問答無用で研究所に入れるのは俺だって間違ってると思うさ。──役人の俺が言う事じゃないかもしれないけど」
「何でだよ」
 ウェントは挑む様に言った。驚いた顔をして、クルトはウェントを見る。
「間違ってるんなら、直さなきゃいけないんじゃないのか? それとも、そういうのは役人の仕事じゃないのかよ」
 しばらくクルトはウェントを見詰めていたが、やがて唐突に笑いだした──それも大声で。しかも涙を流す程。
「何で笑うんだよ!」再び顔を真っ赤にしてウェントは言った。
「い……いや……」
 なおもクルトは笑い続ける。そしてようやくそれが収まって来た所で、出て来た涙を指で拭きながら言った。
「そうだな……確かにお前の言う通りだよ。担当の奴からは小言を言われるだろうが俺の場合はいつもの事だし、それに言わなきゃ何も変わらないしな」
 そう言うとクルトは真面目な顔に戻り、ウェントの頭に手を置いた。
「……それでも、あの2人が研究所に行くのは変えられないだろう。それならせめて、辞めたいと思ったら辞められる様に──帰りたい時に帰ってこられる様に、その辺から変えてかないとな。それがお前達の為だし、何よりトリニティの為にもなる」
「? トリニティの?」
「面倒の種を蒔かない、って意味でだよ」
 きょとんとクルトを見るウェントに、クルトは肩を竦めた。それでも理解しきれず首を傾げているので、クルトは説明した。
「俺が研究を続ける為にはトリニティは必要だし、だからトリニティには潰れられると困る。トリニティが今のまま──って言うのはちとおかしいが、とにかく続いていってもらう為には出来る限り敵を作らせない方がいい。……まあ、結局は俺の為なんだよ」
「……ふーん」
 理解しきれた訳ではないが分からなくはないので、ウェントは頷いた。そもそもクルトは子供達が詰所を溜り場にしているのを黙認している理由を他のレンジャーに聞かれた時、“山に入られて捜索させられるハメになるよりはマシ”と答えていた。更にその方が面倒が無いし、簡単な仕事を手伝わせてラクする事も出来るとも付け足していた。つまりは、そういう人物なのだ。
「そら、落ち着いたんなら戻るぞ。先にラズロに帰ってこられるとまた面倒臭い事になりそうだからな」
 そうかもしれない、前日のやり取りを思い出してウェントはそう思ったものの口には出さず、ただ頷いて歩き出した。
よんだよ


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