005.ショータイム


“こんな年末の過ごし方〜fire flower〜”

 それは、年の暮れから年明けにかけて行われるポルポタの祭を見に行こうとアリスが言い出した事から始まった。
「元々観光客向けのお祭なんだけど、今年はとにかくハデに色々やるみたいなんだ。せっかくだから、行ってみない?」
「お祭──ですか?」
「いいですね師匠! ぜひとも行こう──じゃなくて行きましょう!」
 首を傾げて聞き返しながらも興味津々のコロナの様子に留守番の危機を感じたバドは、手を上げ勢い込んで主張した。
 しかしアリスの口から出て来たのは、全く予想外の言葉だった。
「そんなに慌てなくてもいいのよ〜、バド。今回は2人共連れて行くから」
「ええ!?」「ホントですか?」
 バドとコロナは同時に驚きの声を挙げた。
「いいんですか? 大丈夫ですか? 留守番がいない間に誰か来たらどうするんですか?」
「大丈夫大丈夫。いちいちそんな事気にしてたら出掛けられないじゃない」
「でも、クリフさんはどうするんですか? ラルクさんと“山登りに行って来る”って言って出て行ったまま、まだ帰って来てませんよ?」
 クリフと言うのはアリスの弟だ。先頃唐突に姿を消した後、2週間程して帰って来てからと言うものの、ラルクと言う戦士風の出で立ちの人物と行動を共にしていた。
「いいのいいの、アレは大丈夫だから」
 ひらひらと手を振りながら、アリスはコロナに返す。コロナとしては事情を知っているらしいアリスを問い詰めて聞き出したい所なのだが、はぐらかされてそれが適わないだろう事も分かっていた。しかし、そこをバドが混ぜっ返して来た。
「何だよコロナ、お目付役させられてあれだけ文句言ってたクセに、いないならいないでさみしいのかよ?」
「そういうワケじゃないわよ!」
「はいはい、じゃれあうのもそのヘンにしといてね〜」
 アリスは鼻先を突き合わせて睨み合う双子に割って入った。
「別に、2人で留守番する方がいいのなら止めないけど」
 そのひと言に、双子は同時に口を閉じた。

 …………

 案の定、ポルポタは観光客でごった返していた。
「すごい人ですねー……」
 ジオでも見た事が無い程の人の多さに、バドもコロナも茫然とする。ジオでは各地から魔法を学ぼうとする者達の集まる魔法学園や、各地の様々な商品の売買を行うクリスティー商会等、そう言ったものに関わる人々が日常的に沢山行き交っている。そして2人も魔法学園に通っていた時はそれをいつも見ていた筈なのだが、流石にこれ程までもの人が集まっている所に出くわしたのは初めてだった。──尤も、この春以来ドミナの外れにある為あまり人のいない、その上訪ねてくるのもアリスとクリフの知人に限られるマイホーム暮らしでその辺りの感覚が鈍っているのはあるかもしれないが。
 海岸へ出るメインストリートでは両側に出店が並び、すれ違うのも大変なくらいの人々で賑わっていた。そんな中、アリスが風船売りから2つ買って、バドとコロナに1つずつ、それぞれの手首にその糸を巻き付けた。
「「……何で手首ですか」」
 思わず2人同時に聞く。こちらからせがむより先に風船を買ってもらえたのは嬉しいが、幾ら何でもこれはどうかと。
「だって、この混雑で手になんか持ってたらすぐなくしそうじゃない?」
 それに対して、しれっとアリスは答える。尤もなので、2人共それ以上言うのはやめた。
 その他にもアリスは幾つかの屋台で食べ物や飲み物を、バドやコロナにまで持たせる程買い込んだ。特に食べ物は普段目にしない様なものばかりだったので、どんなものか知りたくなったが、アリスに「つまみ食いしたら、海に突き落としてあげるから」と言われ、我慢するしかなかった。
 やがて海岸に出ると、人々が砂浜や岩場の上に座って何かを待つ様に夜空を眺めているのが目に入った。
「あれは、何やってるんですか?」
「それが今夜のメインイベントなのよ」
 バドが聞くと、アリスは楽しそうに言った。しかしその様子にコロナは閃くものがあった。
「もしかして、魔法学園で準備していたって言うアレですか?」
「そうそう、メフィヤーンスのアレ」
 にかっと笑ってアリスは言った。
「昼間であれだけハデだったんだから、夜ならきっともっと凄いだろうってメフィヤーンス組の子達が張り切ってたし、楽しみよねー」
「それならかなり期待出来ますね。あそこの組って暴走すると、とんでもないですから」
「……はい?」
 話の読めないバドが怪訝な顔で口を挟む。するとアリスとコロナは立ち止まってバドの方を向き、そして思い出した様に言った。
「ああそっか、バドはあの時いなかったんだっけ! ごめん、教えるの忘れてた!」
「まさかアリスさん、あれから来た手紙も見せてなかったんですか?!」
「だから何なんだってば!」
 放って置くと自分をおいてけぼりにして話を進めてしまいそうな気配に、バドは地団駄を踏みつつ割って入る。再びアリスとコロナはバドの方を向くと、顔を合わせた。
「とりあえず、最初っから話そうか」
「その方が良いと思います」
 そもそも、デュマ砂漠でカシンジャ組とメフィヤーンス組とに別れて睨み合う、魔法学園の一団と遭遇したのが事の始まりだったらしい。
「何かねえ、メフィヤーンスが魔道書を盗み出したのが原因だったのよ」
 メフィヤーンス曰く、その魔道書には星を作り出す方法や、星を落とす方法が書かれていると言う事だった。そしてアリス達の奮闘空しくそれらは実行に移された訳なのだが、その結果と言うのが誰もが予想しなかった形で見る事になったのだった。
「で、昼間だったワリに結構いろんな所でそれが見えたらしくて、その見た目のハデさにポルポタの市長が目を付けて、年末年始のお祭りの出し物に出来ないかって魔法学園に持ち掛けたらしいの」
 しかしかなり大量の材料を使う事や、製作に危険を伴う事もあって、魔法学園側はその為の保証金や材料費の大半を出すように要求したと言う。その為ポルポタ市長はスポンサー集めに走り回る事になったそうだ。
「まあ、それが何とかなったから、問題の“それ”が見られるって訳なんだけどね。やーもう、すっごい楽しみだわー」
 本当に楽しそうにアリスがそう言うので、バドはそれ以上は聞かず、見てのお楽しみだと思う事にした。コロナですらにこにこ顔で、楽しみにしているのが分かったからだ。

 …………

 アリスが向かったのは海岸の奥、砂浜をずっと歩いて行った先にある鳥カゴ灯台だった。そこにはエレと言うセイレーンが住んでいる。
「ここなら誰も来ないし、それにどうせ見るなら沢山の仲間と見たいじゃない?」
 何でわざわざ外れの方まで行くのかと言う、バドの問いに対するアリスの答えがそれだった。果たして、そこには既にエレの他にも、リュミヌーやフラメシュまでもがやって来ていた。
「約束通り、遊びに来たわよー」
 手にした飲み物の入った袋を掲げながら、アリスは言う。それに反応したのはフラメシュだった。
「相変わらずあんたって無駄に元気よね。で、これから何があるって言う訳?」
 エレやリュミヌーもアリスを見る。どうやらこの3人も、何があるのか知らされずにここに集まる様に言われたらしい。
「それは見てのお楽しみ」
 愉しそうににーっこり笑ってアリスは答える。
「時間的にそろそろ始まると思うわ。……ほら!」
 アリスが空のある一点を指差す。するとそこに光の花が咲き、少し遅れて“ドンッ”と言う腹に響く音が聞こえてきた。
 全員が、空を見上げて驚いていた。1度は目にしている筈のアリスやコロナでさえ、昼と夜とでここまで印象が違うとは思わなかった。
 続いて黄色い光の尾を引きながら赤い光が昇って行き、再び光の花を咲かせた。それは赤から紫、青と色を変えながら広がって行った。
「何かね、この見た感じから“花火”って名付けたらしいわよ」
 驚きから立ち直ったアリスが説明した。だが誰もがまともにそれを聞いておらず、それが空へと上がる度に歓声を挙げた。
 緑の光を放つものもあった。1度花を咲かせた後、更に光が弾けるものもあった。光が弾けながら空へ昇って行くものもあった。空高く光を吹き出すものもあった。
 その間にアリスは買い込んだ飲み物や食べ物をそれぞれに配り、ぱくつきながら空を見ていた。バドもそれらに一応手を付けてはいたが、意識はずっと空に咲く光の花に向けられていた。
 ふと、バドは周りの女性陣へと視線を動かした。
 コロナはタコオレンジから絞ったジュースを片手に空を見上げていた。
 アリスは空を眺めつつも、“ヤキソバ”と言うものを幸せそうに食べていた。
 フラメシュはぽかんと口を開けて空を見ていた。普段なら絶対に見られない表情だった。
 そしてエレは口に手を当てながら花火が上がる度に目を瞠り、リュミヌーはきゃあきゃあと歓声を挙げていた。
「私の造る精霊のランプとはまた違ったキレイさがあるわね!」
「って言うか、こっちはすっごいハデよねー。まさかここまでインパクトがあるなんて思わなかったわ」
 リュミヌーのセリフに、アリスが応える。ここにいる誰もがそう思っていた。──いや、恐らくこれを目にした全ての人々がそう思った事だろう。

 最後を飾ったのは、空で弾けた後まるで流れ星の様に光が尾を引きながら広がって行くものだった。
 それを見て、アリスは
「何だか、局地的な流星雨みたいね」
 と、言った。

 …………

 花火が終わった後も、一同はしばらくそのまま夜空を見上げ続けていた。
「……何かもう、言葉も出ないぐらい凄かったわね……」
 ほーっとため息を付きながらフラメシュが言う。彼女にしては珍しい、素直な感想だった。
「どうせなら毎年恒例になってくれないかな〜」
 それを受けて、アリスが言う。しかしそれに続けて出て来たのは、いつも通りのカネに厳しい姿勢だった。
「ああでも今回の儲け次第かなあ。幾ら人が集まっても、儲からなかったら意味無いモンねえ」
「……アリスさん、せっかくみんなで感動してるんですからこんな時までお金の話は止めて下さい……」
 がっくりとして、コロナがたしなめる。そしてバドはふと気になった事をそのまま口にした。
「ところで師匠、この後どうするんですか?」
 それはまさかこのまま帰る訳では無いだろうと言う気がしたからだ。そして帰ってきた答えは案の定、その考えを裏付けるものだった。
「バルドに乗せてもらう事になってるわ。バーンズに花火が終わったらこっちの方の海岸まで来てくれるように頼んであるから」
 そう言うとアリスはエレ達の方へ勢い良く振り向くと、言った。
「ねえねえ、どうせならみんなで行かない? バルドなら沈まないのが分かってるんだしさッ」
「それいいわね。私も試してみたいし、それ」
 楽しそうにリュミヌーが話に乗る。エレは困った様に微笑みながらも「それなら行こうかなあ……」と言い、フラメシュは「2人が行くなら」と頷いた。
「じゃあ決まり! ……あ、コロナ、バド、使った食器はちゃんとまとめておいて。ウチに持って帰るんだから」
「「はーい」」
 2人は揃って返事をする。バドが皿を、コロナがコップを集め、アリスは中身が有るのも無いのも関係無しに瓶を取る。その様子をフラメシュは半ば呆れた様に眺めていた。
「……あんたってほんっとにセコイわよね」
 バドも心の中でそれに頷く。確か飲み食いし終わった食器の類は、ポルポタの町中のあちこちに設置された回収カゴに入れる様に屋台の人から言われていたからだ。
「だって予備の食器が欲しかったんだもん。丁度いいじゃない?」
 全く悪びれた様子も無くアリスは応える。それにおカネを使うべき時は使うんだからいいじゃないのと続ける。
「洗うのは……バルドの食堂を借りればいいか。あとはアマレットちゃんに届けて貰えばいいし」
 そして何の悪気も無く、切手の貼られたモノなら何でも運んで行ってしまう郵便ペリカンの名を挙げる。バドは心の中で、これだけの重い物を運ばされる事になる郵便ペリカンに向かって合掌した。
 外に出ると、アリスは松明に火を点けてそれを振った。それが合図だったらしく、夜影の中から1隻の船が現れる。そして近付いてきた小舟に乗ってバルドへと移動する。

 その後、海賊船バルドで年を越しながら続けて新年会を始めたのだが、そこで新年早々災難に見舞われるバドであった。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

 聖剣伝説Legend of MANA

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