023.まだ間に合うから


“マイホームの最高権力者”

 真珠姫と一緒に迷子しながら街道を歩いていたら、憔悴しきったバドを連れた瑠璃が仁王立ちしているのに遭遇。
 きっとバドが瑠璃に事情を話して一緒になって探し回ってたのかなあ──そんな事を思いながら、僕は全開の笑顔で声を掛けてやったんだよね。
「やあ、どうしたんだい?」
 そしたら瑠璃はいつも以上に陰気臭い視線を僕に向けて、まるでこの世の終わりが来た事を告げるかのように言ったんだ。
「コロナが、怒ってるぞ」
 ……後でバドが言うには、この時の僕は笑顔のまま凍りついていたらしい。とにかく、また迷子になってこれ以上帰るのが遅くなったらもっと恐ろしい事になりそうだったから、流石の僕も真珠姫の手を引いたまま、おとなしくバドと瑠璃の後を付いて家に帰ったんだ。

 …………

 家が見える所まで来た僕の目に最初に映ったのは、ポストの隣、家に入るための階段の真ん前に逆さまに突き立てられたホウキだった。……あのホウキ自体は元からウチにあったモノとは言え、“それ”が意味するモノに改めて僕は不味いと思った。怒ってるどころの話じゃない。
「師匠、あれ……」
 バドが“それ”を指差す。でもその意味が分からないのか、不思議と言うよりは不審そうだった。真珠姫もやっぱり不思議そうに首を傾げている──これがまた可愛いんだよなあ。
 だけど瑠璃は“それ”が何か知ってるみたいだった。“それ”を見て小声で呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。
「……まだあるって事は、相当だな……」
「“あれ”が何か、知ってるんだ?」
 そう僕が聞くと、瑠璃は視線を“それ”に向けたまま、言ったんだ。
「お前とバドを探すよう頼まれた時には既にああしてあったからな、それで聞いたら教えてくれた」
 成程。
 つまりコロナは分かっていて“あれ”をやってるって事になる。

 だとすると、ますます恐い。

 多分コロナは書斎の本を読んで“それ”を知ったのだろう──中には古い習慣や呪い《まじない》なんかの本もあるし。……いやそうじゃなくて。
 大体、いつまでもこうしてこのまま現実逃避を繰り返して中に入らずにいる訳にはいかない──だってここは僕の家なんだから。突き立てられたホウキを引っこ抜き、何となくそれを両手で持ちながら恐る恐るドアを開けると、覗き込む様にして中に入った。
「ただいまー……」
 そして僕の目に入ったのは、椅子に座って本を読んでいるコロナの姿だった。コロナは僕に気が付くと本から顔を上げて、こう言ったんだ。
「どちらさまですか?」
 当然、僕は耳を疑った。僕はまじまじとコロナを見つめたけれど、コロナは不思議そうに首を傾げて僕を見つめ返すだけだった。そして、
「もしかして、マスターを訪ねて来られた方ですか?」
 と言った。それも、かなり大真面目に。

 ええと。

 ふと、もしかしてコロナと瑠璃が一緒になって企んで僕を騙そうとしているんじゃないかと考えた──と言うか、コロナが怒ってるのに瑠璃が便乗して僕にひと泡吹かせようとしてるんじゃないかってね。でも、それじゃコロナのこの態度までは説明出来ない。だけど気になるのは本当だから振り向いて確認しようとしたその時、瑠璃達に気が付いたのかコロナが言った。
「あ、瑠璃さん。バドは見つかったんですね」
「え? あ、ああ」
 だけどそれに応える瑠璃は、思いっきり戸惑っていた。それを見て、僕はその疑いを取り消した。少なくとも、何か企んでいてもそれは別口だ。
 とりあえず僕はもう1度コロナに向き直ると、一体どうしちゃったのか訊ねようとした。そしたら、またもやコロナの方が先に口を開いたんだ。
「あ、それ抜いちゃったんですか?」
 で、そう言って僕の手からホウキを取ろうとするから、僕は聞いたんだ。
「あのさ──これって、イヤな客に早く帰ってもらうおまじないだよね?」
 するとコロナは、にっこり笑って答えてくれた。「ええ、そうですよ?」
 …………。

 これは、かなり本気だ。

 考えてみれば、僕にとって扱いに困る事の無い相手であっても、コロナにとっては厄介と言うタイプは間違いなく存在する(誰とは言わないけど)。いくらコロナはその年の割に機転が利くって言っても、まだ7才なのだ。絶対的に経験が足りない以上は太刀打ち出来ない相手がいるのは当然だ。そしてコロナは生真面目だから、そういう相手にだってきちんと応対していたに違いない。
 何より、この笑顔。
 本気で怒っている時、あるいは怒っている事が伝わりにくいタイプを相手にする時なんかは、怒った顔をするよりむしろ全開の笑顔の方が効果的だったりする。そもそも、僕がバドや瑠璃を相手にする時はいつもそうだ。女性に対しては基本的に使わないけど、時と場合と相手によってはそうする。だからコロナは、もしかするとそんな僕を見て覚えたのかもしれない──この笑みを。
 だけどそんな事よりも、僕はその笑みに対して強烈な既視感を覚えていた。僕ではない誰か──そう、今ここでは決して見る事の出来無い、もう1人の“自分”や僕らの育ての親の姐さんが本気で怒った時の顔を思い出させるのだ。僕はあの2人のこういう顔にとても弱くて──そして最後には、謝るしかなかったんだよね。
 でもコロナのその笑顔からは、怒り以外のものも感じられた。何と言うか、本当は泣きたかったのを突き抜けてしまったような、そんな感じの無力感が漂っていた。
 僕は女の子を泣かせる事が嫌いだ──逆に男が泣こうが喚こうが怒ろうが全っ然気にしないしむしろどうでも良かったりするんだけど。でも女の子が相手の時はそうはいかない。泣かれた時、特に僕が原因で泣いちゃった場合は、たとえ僕の方が正しいと分かっていても自己嫌悪に陥ってしまう。だけど今回はもっと悪い。実際に泣いてないって言ったって、“泣く”と言う段階を通り越しちゃってるんじゃ最悪に決まってるじゃないか。
 こうなったら、やる事は1つ。
 誠意を持って、謝るしかない。
「ごめん、コロナっ!」
 僕は勢い良く土下座した。その瞬間、コロナの雰囲気が変わったのを僕は感じ取っていた──ひどく、冷めたモノを。首筋の辺りにその冷たい視線がさくさくと、ずぶずぶと突き刺さるのが分かった。
 後でバドから聞いた話では、この時コロナの目がすうっと細くなったらしい。……そしてバド自身も、そのコロナに対して驚き以上に恐怖を感じたそうだ。更に言うなら瑠璃もまたバドと同じ事を感じた様で、少なくともこの件以降、瑠璃がコロナに対して一目置くようになったのは確かだ。──ただ真珠姫だけは、何だかキラキラした目でコロナを見るようになった気がするんだけど。
 とにかく僕は土下座した。頭を上げられる訳が無かった。そして少しの間を置いて、冷え冷えとしたコロナの声が降ってきた。
「……何で私が怒っているのか、分かってますか?」
「……僕を訪ねてくる、中でも特に猪突猛進で他人の意見を全然聞かなかったりがめつかったりするタイプをどうにかしてくれってコト──だよね?」
 見えない力に引っ張られる様にして僕が顔を上げると、コロナはにっこりと笑っていた──それも分かってるんじゃないかとでも言う様な笑みだった。ああ、こうして見ると本当にそっくりだ。
 更に僕の後ろに向かって笑顔のままでコロナは言った──でも瑠璃さんは別ですよ、と。思わず振り返って見て見ると、バドだけでなく瑠璃もコロナを見たまま固まっていた。どうやら瑠璃もそれなりに自覚する様にはなったらしい、まあ実際思い当たるフシは色々あるだろう──僕らと出会って間も無い頃なんかは特に。

 …………

 そんな訳で、僕は僕がいない時に訪ねてきた時は伝言だけ残してさっさと帰るか、ドミナの“アマンダ&パロット亭”に行くように他の仲間達にも伝えると言う事でコロナに納得してもらった。それを伝言して回る間にもまた迷子になりそうだったけど、コロナの心の安寧を守る為だ──って言うか、もっと早く気が付くべきだったなあと、ちょっと反省した。
 バドや瑠璃からは、僕があんな風に頭を下げる事があるのかなんて驚かれたけど、謝るべき時に謝らないで事態をこじらせるよりはよっぽどマシだって言ってやった。2人に対する当てつけがあるのは否定しない。バドはコロナに対しては特に意地を張ってしまうからなかなか謝れない事があるのを僕は知っているし、瑠璃はそもそもプライドが高いと言うか、悪い事をしたと言う自覚がある時でさえ自分が悪いと口に出して認めたがらないからね。
 そして今回つくづく思った事──普段おとなしい人を怒らせてはいけない、これに尽きる。
 白状すると、あの時のコロナはもう1人の“自分”や姐さんが怒った時よりも恐かった。年齢も性別も関係無い。とにかく有無を言わせない迫力があった──何より、いつの間にかコロナの方が僕以上にこの家の“主”と言う言葉に相応しい存在になってしまっていた事を、認めるしかなかった。
end
よんだよ


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