061.瞳を隠す


“every as the saying goes”

「聞きたい事があるの」
 開口一番、エミリアは言った。その表情は真剣そのものだ。
「何だ」
 それに対して、ルーファスはいつもの様にぶっきらぼうに応じる。用があるならさっさと言えと言わんばかりだが、しかし既にエミリアもそんな態度に慣れていたので、最初の頃の様に怯んだりはしなかった。単刀直入に切り出す。
「そのゴーグル、何で外さないの?」
「随分下らない事を聞くんだな」
 だがルーファスの切り返しも早かった。ひと言でばっさりと切り捨てたが、そこへアニーが話に入ってきた。
「でもそれ、あたしも知りたいんだけど」
「そうでしょ? やっぱり気になるわよね!」
 アニーのセリフにエミリアは振り返ると力強く頷いた。しかしルーファスは呆れた様にアニーに問う。
「アニー、お前までどういう事だ?」
「知らないの? ルーファスって、店の常連客の間で結構話題になってるんだよ」
 グラディウスのクーロン支部は、表向きはレストランになっている。そのオープンキッチンでルーファスはシェフとして腕を振るっている事が多く、ゴーグルを掛けた、しかも後ろで縛っているとは言え長髪の男が先頭に立って調理しているその光景に、初めてこの店を訪れた客の中にはつい反射的に引いてしまう者も少なくない。だが出て来る料理は味も見た目も水準以上なので、慣れてくると今度は“何故ゴーグルを掛けたままなのか”という事が気になりだしてくるらしい。
「だから街の情報屋としては、そう言う事も知りたいワケよ」
 にやにや笑顔でのその言い分にルーファスはやれやれとでも言う様に額に手を当て、首を振る。アニーはグラディウスの任務が無い時は専ら情報屋としてクーロンの街を闊歩しており、その為のアジトを4つとか5つとか持っていると言う話だった。時にはその活動からグラディウスの方も突破口が開ける事もあるのだが、今回ばかりは下世話としか言いようが無い。
 そして更に、エミリアが言い募った。
「だってファッションで掛けてる訳じゃないんでしょう? それなのに人前では絶対に外さないんだもの、気になるに決まってるじゃない!」
「何故そうでは無いと言い切れる?」
「どんな格好をする時でもそれだけはいっつも同じじゃない! 私のシナリオのエンディングの時なんてそのゴーグル掛けたままで笑顔だけは全開だからかえってうさんくさいしっ」
「そんな先の話をしていいのか? 一応、今はまだ最初のラムダ基地への潜入が終わったばかりだぞ」
 いきなりとんでもない事を喋り出したエミリアに、流石にルーファスも突っ込みを入れる。しかし、エミリアは完全に開き直っていた。
「どうせここで出してる本ではそこまで話が終わってるから構わないわよ」
「そういう問題か?」呆れ切ってルーファスは言う。
「そういう問題でいいのよ。だってこの話はギャグだもの」
 きっぱりと言い切るエミリアに、最早返す言葉をルーファスは持ち合わせてはいなかった。代わりに、1つ気になった事を聞き返す。
「……まあ、いいだろう。それより、そんなに俺の笑顔は胡散臭いのか?」
「うさんくさいに決まってるじゃないっ」力一杯エミリアは肯定した。「ただでさえゴーグルで目が隠れてるから仏頂面って言うより無表情に近いのに、あの時だけ笑ってるんだものっ。そりゃあ結婚式で無表情は困るけど、あなたの場合はかえって気味が悪いわっ」
「言えてるね。確かにエンディングの最後のアレは状況的にありえないって言ったってさ、あたしやライザはともかくルーファスの全開の笑顔は1番ありえないよ」
「ライザ、そうなのか?」
 アニーにまでそう言われ、ルーファスが書類の整理をしていたライザにそう聞くと、ライザは正直に頷いた。
「そうね、エミリアの言う通りだわ」
「ほら、やっぱり」
 エミリアは勝ち誇った様に腰に手を当て胸を反らせる。しかしルーファスは首を傾げた。
「そういうものなのか?」
「ああもう、だから!」
 この期に及んでとでも言う様に、エミリアはデスクを両手で叩いた。
「ゴーグルを掛けっぱなしだからうさんくさいって言ってるのよっ。TPOも考えないで掛けっぱなしにしてる理由が知りたいの!」
「そんな分かり切った事を聞いてどうする?」
「〜〜分からないから聞いているのよ!」
「そんなもの、少し考えれば分かるだろう」ルーファスはこれ見よがしにため息を付くと、言った。「これは視力の補助の為に掛けているだけだ。裸眼ではロクに見えないと言うのに、外せる訳が無いだろう」
「「はあ!?」」
 エミリアはアニー共々声をあげた。そして続ける。
「うっわー、当たり前すぎてつまんない理由ー」
「ちょっと待ってよ、それだったらメガネでも十分じゃない!」
「眼鏡では作戦中外れやすいから不便だろう」
「だったら作戦中だけゴーグルにすればいいでしょう!」
 しばしエミリアと無言で睨み合うと、ルーファスは再び額に手を当て首を振り、ため息を付いた。目的意識がはっきりしているからか、戦闘面での成長は著しくまた任務遂行能力も予想以上に高いのだが、元トップモデルと言う経歴の所為かエミリアはこういう所でおかしなこだわりを見せる事がある。任務や組織の運営に支障が出る訳ではないので、これまでは然程気にしてはいなかったのだが、流石にその矛先が自分に向けられると辟易する。
 ふとライザへと視線をやると、相変わらず書類の整理を続けていた。しかしその表情はというと、実に楽しそうな笑顔──否、むしろ吹き出したいのを堪えているような笑顔だったので、直感的に一枚噛んでるな、とルーファスは思った。
「……ライザ、お前、何かけしかけたな?」
 しかしそれでもライザは吹き出したりはしなかった。その代わり心の底からこの状況を楽しんでいるとでも言う様な全開の笑顔をルーファスに向けた。
「私は“直接本人に聞いてみたら?”って言っただけよ」本当に楽しそうにライザは言った。「そんな個人的な事まで私が答える訳にはいかないでしょう?」
 そのセリフにルーファスはもう何度目なのか分からないため息を付く。エミリアが来てからこっち、ここにいるライザやアニーに限らず、どうも彼女を中心に部下達が動いている様に思えてならなかった。それは仮にもモデルの世界でとは言えトップを極めた者ならではの美貌だけではない、いわゆるカリスマ性の影響なのだろう。が、しかし正直な所その使い方を間違ってないかと言ってやりたいが、それでは今後の指揮に問題が出る。
 なので、ルーファスはこう応える事にした。
「……仕方無いな、まあ機密に触れる訳でも無いから教えてやるが、これには視力を補う外に幾つか実験的な装置が仕込んである」
「へえ、やっぱりそうなんだ?」
 これもやはり実に楽しそうに、期待に満ちた目でアニーは言った。そしてエミリアが質問を重ねる。
「それで、どんな機能が仕込まれてるの?」
「1番始めは赤外線による視認装置。グラディウス内で使われている赤外線スコープ、あれは元々“これ”で試験改良を重ねていたものだ」
「他には? まだあるんでしょ?」
「殆どはどれもその応用だ。だが、盲目のメンバーを対象に実用的な視覚補助装置の実験を始める段階に入っている」
「……ふーん?」
 いつになく饒舌なルーファスに、アニーは本能的に違和感を感じた。しかしエミリアはそれに気付かず、好奇心の赴くまま更に先を急かす。
「でもルーファスはまだ見えてるんでしょ?」
「視力が弱いだけだからな。代わりに、今は術による視覚補助装置の開発を行っている。……魔術が“科学的超能力”と呼ばれている事は知っているな?」
「……ええ、まあ」
 エミリアは曖昧に頷いた。本当はまるで記憶に無いので知らないと言うべきなのだろうが、何となくそれが躊躇われたからだ。しかしルーファスは例え知らなかったとしても話を進めるつもりだったので、先を続けた。
「魔術は俺が使う心術と同じで個人の潜在能力を引き出すものだが、心術が経験則に基づいて発展し、体内に巡らされた気を利用して行使するのに対して、魔術は学問として体系的に整理され、周囲や使用者当人の持つ魔力の素の様な物を利用してその対象、或いは対象とその周囲に超自然的な現象を引き起こす。ただマジックキングダムが開国したのが二十数年前だった事もあって、魔術に関する詳しい資料がキングダム以外のリージョンでも利用出来る様になったのはそれ以降、そしてその技術を応用して開発を行うようになったのもここ数年の話だ。──アニー、お前も副業絡みでこの辺りの事は聞いてるんじゃないか?」
「まあね」アニーは頷いた。だがそれ以上の事は喋らず、話を戻す。
「それはそれとして、つまりそのゴーグルも今は魔術を利用した開発実験に使われてるって事なんだ?」
「そういう事だ。正確には、魔術を使用する事で魔力の素の密度を変え、直接見えない所にある物までをも見えるようにする──つまり透視だな」
「〜〜どういう事?」
 今度はエミリアが額に手を当てる番だった。技術的な話に全く付いて行けず、目を閉じ、眉間に人さし指を当てて聞くと、ルーファスはまたため息を付いた。
「……要するに、巧妙に仕掛けられたトラップを発見しやすくすると言う話だ。まあ、トラップに限らず、施錠の有無や対象が武器を持っているかどうかも見えるようになるかもしれんが」
「てコトは、それが完成すれば、今よりも任務がやりやすくなるのね?」
 言葉を選ぶ様にしてエミリアがまとめると、しかしルーファスはその答えを留保した。
「かもしれん。だが、1つ問題がある」
「何?」
「モラルの問題だ。見ようと思えば大概の物を見通す事が出来る──そう、例えばお前達の服の中がどうなっているのか、とかな」
 そのセリフにエミリアは反射的に胸を手で隠した。アニーはそこまではしなかったものの、眉間に皺を寄せ、問い質した。
「……本当に、見えてるの?」
 その口調は本当だったらタダじゃおかないと暗に言っていた。そもそもルーファスは単にゴーグルで目が隠れている所為で表情が読みにくいという以上に筋金入りの朴念仁なので、例え見えていたとしてもその反応からそれを見破る事は難しいからだ。
 しかし、ルーファスは傍から見ると唇の端を片方だけ上げた様にしか見えない笑みを見せると、言った。
「冗談だ」
 そのひと言に、エミリアもアニーも脱力した。
「……はい?」
「〜〜ルーファス、あのねえ……」
「そういう話を期待したのはお前達だろう? 俺はそれに合わせただけだ」
 アニーのセリフを遮ってルーファスは言い切る。そして今度こそはっきりと分かる程の笑みを乗せたその表情に、エミリアは嫌でも自らの敗北を悟らされた。
よんだよ


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