087.COME ON DJ!


“come on, DJ!”

「come on, DJ──!」
 俺の名が呼ばれて、オーディエンスのボルテージが更に上がる。沸き返る会場、煽る様な拍手。俺がステージに上がる事で、それらは最高潮に達する──筈だった。
 そう、その筈だったんだ。
 にも拘らず、今俺の目の前にあるのは俺の登場を心待ちにしていたオーディエンスに埋め尽くされた会場では無く、何処までも広がる青い空と荒野を背景に俺を見て目を丸くしている男の姿だった。

「何だこりゃ──ッ!?」

 俺の叫びが、空しくこだました。

 …………

「ここは、昔<地球>《アース》と呼ばれていた所だ」
 半ばパニックになってここは何処なんだと言う俺に、男はおちつかせるかの様にゆっくりとそう言った。
 アース、って事は地球だよなと俺は納得しかけたが、どうも男の口調には微妙なニュアンスの違いがある様な気がしてならなかった。いやそもそも“昔”って事は、今はどうなんだ。
 だが男の方は成程などと呟くと、俺にこう言った。
「どうやら、君は平行世界《パラレルワールド》から来たようだね」
「は?」
 耳慣れない言葉に、俺は反射的に聞き返す。処が男は俺の言葉を無視して勝手な事を言うばかりだった。
「それとも時間跳躍《タイムリープ》か……まあどちらでもいいか」
「何がだよ」
 そう言うと、男は少し首を傾げてこう応えた。
「君が<地球>と言う言葉に納得してたからさ。と言う事は、それに関係する所から来たって事だ。そうだろ?」
「だからどうなんだよ」
「元に戻す方法を考えなきゃならないだろ? そもそもいつまでも異物に居座られると世界が崩壊するから、帰りたくないって言われても送り返さなきゃならないんだが」
「帰りたくない訳無いだろう!」
 マイペースに話を進める男に、俺は調子を狂わされっぱなしだった。腹の底から声を出して叩き付ける様に怒鳴る。「だから何で俺はこんな所にいるんだよ!」
 しかし男は何でもないとでも言う様にさらっと答えやがった。
「時空の歪みに引っ掛かったからさ。たまにあるんだよ」
 尤も、肉体まで巻き込まれる事は珍しいと男は続ける。そしてここへ来て、ようやく俺はこの男がこういう事態に慣れているんじゃないかと思った。俺がそう指摘すると、男は苦笑いを浮かべながら前髪をかき上げ、頷いた。
「慣れていると言うか、ちょっとした裏稼業みたいなものかもな」
 そう言うと男は俺がここに来る直前の事を聞いてくるので、俺は思い出せる限り詳しく話した。そして俺の話が終わると、男は後ろを向くと唐突にパントマイムの様に何も無い所へ向かってドアをノックする仕草を始めた。
「おい、あんた──……」
「あった」
 男が俺の言葉を無視してそう言うとドアノブを捻る様に、そしてドアを開ける様に手を動かしたその瞬間、

 どう見ても本屋にしか見えない空間が、ドアの大きさだけ見えた。

 その無茶苦茶な事態に、俺は驚きのあまり声も出なかった。青空と荒野が広がるその風景の中に、ドアの大きさの空間だけ別の風景が広がっている。
 これは、一体、何なんだ?
 しかし男はそんな俺にお構いなく、その空間へ首を突っ込んだ。そしてそちらで二言三言言葉を交わすと、再び俺の方を向き、言った。
「ほら、来いよ。帰りたいんだろう?」
 そう言われて俺は我に返ると、しかしその無茶苦茶さに胡散臭く思いながら、その本屋の様な空間に足を踏み入れた。床に足が着くと、それまでいた荒野のじゃりじゃりした土の感触とは違うのが分かる。後ろを振り返ると、ドアの向こうに青空と荒野の広がる風景が見えた。これは本当にどうなっているんだと思ったが、新たな男の声が俺を呼んで考えは中断された。
「あれ、あんたってDJ──?」
「何だ、知ってるのか?」
 俺をここに連れて来た男がそう聞くと、その俺を呼んだ銀髪の男は頷いた。
「それ以上は本人の前では秘密だ。どのみちこれで名前も分かった事だし、ここから先は俺の担当だな」
「じゃ、後はよろしく」
 そして俺を連れてきた男は俺に向かって「元気でな」と言うとドアの向こうに戻った。そのドアが閉まった後、俺は思わずそのドアを開けて確かめようとしたが、銀髪の男に止められた。
「間髪入れずにそんな事したら、また別の歪みに引っ掛けられるぜ」
 俺は慌てて伸ばした手を引っ込める。男は何とも言えない様な、かなり微妙な表情で俺を見ていたが、すぐにそれを消すと別のドアを開けた。
「こっちに来いよ」
 そう言って案内されたのは地下室だった。沢山の本棚に隙間なく本が納められている。但し、その背表紙は全て真っ白だった。
「この中にあんたの事が書かれた本がある。それがあんたが元の場所へ帰る為の扉だ」
「それを探してくれるのか?」
「あんたが1人で探すのさ。俺は手伝っちゃいけない事になってるんでね」
「はあ?!」
 しかし男は明るく笑いながら大丈夫、などと言ってのけた。
「よく分かんないけど、自分の本がどれなのか、本能的に分かるようになってるみたいなんだよ。そら」
 男が顎で示した先では、鮮やかな緑色の髪をした耳の長い女が本棚の間を左右を見比べながらゆっくり歩いていた。そしてある棚の前で立ち止まると、そこから1冊の本を手に取った。その動きには迷いが無かった。
 そして本を開いて2、3度ページをめくった頃、女の姿が唐突に消えた。
 呆気に取られた俺が男を見ると、男は肩を竦めてこう言った。
「つまりはそういう事なんだ。だからまあ、何とかなるさ」
 ならば探して帰るだけだ。だが帰る途中でまた引っ掛けられたらと言う不安もあったが、何もしなければ帰れないならやるしかなかった。
 本棚の間を歩き始めてすぐ、俺は何かに引っ張られるような感覚に襲われた。俺はそれを頼りに幾つもの本棚の間をゆっくりと、さっきの女の様に両側を確かめながら探す。やがて全てが同じ体裁の真っ白な背表紙の本の中で、1冊だけ違うと感じる本があった。俺は迷わずその本を手に取った。
「あ、そうだ、言い忘れてたけど──……」
 男の声が聞こえたが、俺は聞いちゃいなかった。明らかに俺の事が書かれているその本を、ページを繰るのももどかしい程の勢いで読み進んで行く。

 …………

 気が付くと、俺は薄暗い空間に立っていた。誰かが走り回っている。遠くから歌声と歓声が聞こえてくる。
 目が慣れて来て、出番を待っていたあの場所だと言う事を“思い出した”。スタッフが俺にもうすぐ出番だと声を掛けてくる。
「come on, DJ──!」
 俺の名が呼ばれて、オーディエンスのボルテージが更に上がる。沸き返る会場、煽る様な拍手。俺がステージに上がるとそれらは最高潮に達し、俺はそれらを全身で受け止め、応じる。
 そして俺は思った──今度ヒマが出来た時にでも、あの本屋を探してやろうと。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

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