086.同じ空の下


“君の居ないこの世界で〜危険なアフタヌーンティー〜”

 ミンダス遺跡で、双炎は途方に暮れていた。
 そもそも、彼がここに来たのは偶然だった。たまたま手に入れたアーティファクト、そこから記憶を引き出してみると、現れたのはミンダスという古代の遺跡だった。
 知らない場所には、つい行ってみたくなる。そこに何か面白い食材があるかもしれないからだ。更に遺跡と言うからには古い時代の食に関する記述が何処かにあるかもしれず、そこから新しい料理のヒントが得られるかもしれない。双炎は、独創的な料理を作り出す事に至上の喜びを感じる少年だった。
 いそいそと出掛ける準備をする双炎に、同居人のバドとコロナは言った。
「……師匠、もしかして、“また”行くんですか?」
「うん♪」
 実戦経験を積ませると言う建前の元、しかしその実体は味見役として連れて行く事が決定している為か硬直した表情のバドに、全開の笑顔で頷き返す。
「……途中で迷子になった時は、腐る前に処分して来て下さいね?」
「…………」
 “何を”とは言わず、しかし表情そのものが抜け落ちた顔をして言うコロナに対しては笑顔のまま、あえて答えなかった。答えられる訳が無かった。

 現に今、こうして迷子になっているのだから。

 ────えーと。
 立ち止まり、辺りを見回す。既に目の届く範囲内にバドの姿は無かった。
「バドー?」
 とりあえず呼んでみる。しかしどれ程耳を澄ましても、返事は戻って来なかった。
 あれ程離れない様にと言ったのになあと、自分の事を棚に上げて考える。その原因がバドがいる事をすっかり忘れ、朽ちかけた柵の陰に生えていた翠色の茸を採取するのに夢中になった自分にあると言うのは、最早記憶の彼方になっていた。
 それでももしかして何処かでモンスターに襲われてたりはしないかと思って、もう1度耳を澄ますだけの分別はあったが、流石にそういう様な音は聞こえては来なかった。が、例え襲われていたとしても、自分が辿り着くまでに自力で何とかするぐらいじゃないと修行にはならない等と思っている辺り、その教育方針はスパルタ系である。──尤も、自力で何とかして欲しい理由の中に自身の方向音痴も入っているのは否定しないが。
 ──まあ、いいか。
 きっとそのうち会えるだろう等と考えながら、双炎は次なる食材を求めて歩き始めた。

 …………

 一方、その頃のバドはと言うと。
「あっ、ドゥエル! 師匠のコト見なかったか?!」
「師匠? ああ、チャボ君か、見てないなあ。それより……」
「見てない?! どこ行ったんだよちくしょ〜」
「君、聞くだけ聞いて無視するなんていい性格してるね」

 …………

 めぼしい“食材”を採取しては背中の篭に放り込む、と言う事を繰り返しながら──当然その間に何度も既に採取済みの場所を往復したが──遺跡を散策して行くうちに、聞き覚えのある声が双炎の耳に入って来た。
「誰か〜、助けて〜な〜」
 それはティーポの様だった。しかし双炎は珍しい事もあるなあと思いはしたものの、そのセリフの中身にまでは気を回さなかった。むしろもし出会えたら一緒に迷子しようと頭の片隅で考えた程度だった。──が。
「あっ! 双炎はん!」
 ものの1分も歩かないうちに、ティーポの方が双炎を発見してくれた。そして彼の方にすっ飛んで来ようとしていたので、とりあえずにこやかに挨拶する事にした。
「やあ、ティーポじゃないか」
 しかし2人の間には木の柵がそびえていた。その為に双炎に飛び付く事が叶わなかったティーポは代わりにその柵にしがみつくと、文字通り水を溢れさせながら泣きついた。
「双炎は〜ん、助けて〜な〜。扉が開いとったり閉じとったりしてよ〜わからんのや〜」
「扉?」
 双炎は首を傾げた。そしてティーポがしがみついている柵を指差して問う。
「これって、扉だったの?」
「そうみたいねん」瞬間的に泣きやむと、ティーポは答えた。「せやけど、さっきまでは開いとったのに、今来たらまた閉まっとって何が何やらさっぱりなのや」
 そしてティーポは再び滝の様に水を溢れさせた。
「ウチ、もう心細うて心細うてどうしたらいいかわからへんのや〜」
「うーん、そう言われてもなあ」
 双炎は遠い目をして空を見上げた。
「僕も迷子だからなあ」

 …………

 再び、その頃のバド。
「そういや、ドゥエルは何でこんなトコにいるんだ?」
「……。ティーポとお茶の葉を採りに来たんだよ。そしたらはぐれちゃったんだよね」
「お茶の葉?! ドゥエル、それ絶対師匠には言うなよ!」
「? どうしてさ?」
「そんなモンがあるって聞いたら、絶対探しに行くに決まってる! そんでまたオレが連れ回されて忘れられて探しまわるハメになるんだ〜!」
「……君って、案外忍耐強いよね」

 …………

「そないなコト言わんと助けて〜な〜」
 と泣き付くティーポに、
「僕もちょっと歩き回ってみるから」
 等とその方向音痴振りを知る者からすれば余計に不安を煽られるセリフを残して更に遺跡を歩いて行くと、今度は花人がうろうろしているのが目に入った。
 人から話を聞くのは情報収集の基本である。勿論、双炎は迷わず話し掛けた。
「ねえ、あっちにある道を塞いでる柵って、どうやって動かすの?」
「ああ、あれはね」花人は頷くと言った。「あっちこっちにいるぼくらの仲間が念力を送って動かしてるんだ」
「念力?」
 何で? と聞くと昔からそうなっているのだと花人は答えた。
「あんまり昔からやってるから、何でそんなことを始めたのかはぼくらにも分からないんだよね」
「ふーん……」
 ヒゲの様にも見えるふっさりした花弁の下をぼりぼり掻きながら、糸の様な目を更に細める花人に双炎は相槌を打つ。とりあえずこの遺跡にいる花人に話し掛けていればそのうち何とかなる事は分かったので、双炎は礼を言って先へ進もうとした。しかしまだ話が終わっていなかったらしく、花人はそれを呼び止めた。
「ああ、ちょっと待って」
「何?」振り返りながら双炎は聞き返した。
「あのね、1人だけ柵じゃなくて地下への扉を動かす仲間がいるんだ。だけど、」
「地下があるんだ?」
 その言葉に双炎は目を輝かせた。もしかするとあるかもしれない古代の碑文に対する期待が湧き上がる。
「うん」花人は頷いた。「だけどあれはとにかく疲れるから、念力を送った後はしばらく休まないとならなくなるんだよね。だからあんまりひんぱんにやらせないで欲しいんだ」
「そうなんだ、一応覚えておくよ」
 にこにこと笑いながら双炎は再び礼を言うと、花人と別れた。

 …………

 三度、その頃のバド。
 ドゥエルと別れてからと言うもの、ひたすらモンスターに襲われていた。バドフラワーに魔法を放ち、フライパンをグレートボアに思いっきり叩き付けて気絶させながら必死になって逃げ回る。
「師匠〜っ、どこですか〜〜〜っ!」
 バドの叫びが、空しく響いた。

 …………

 更に先へ進むと、周囲の植物の侵食を受け所々天井が抜けてはいるものの、それなりに形をとどめた建造物が現れた。
 しかしそれ以上に目を引いたのは、壇に上がる階段の隣で両手を掲げて足を踏ん張る花人の姿だった。更に近付くと目を閉じて眉間にシワを寄せているのが分かったので、何をしているのかつい気になって双炎は声を掛けてみた。
「ねえ、こんな所で……」
「来てる来てる!」
「え?」
 訳が分からず、双炎は聞き返した。
「念力来てます! 地下に用があるなら早くして!」
 普段はのんびりしている花人達からは想像も出来ないほど力の入ったその言い方に、双炎は辺りを見回し階段を登って壇上を見る。すると床の部分が開いており、そこから地下へと続く階段が覗いていた。どうやら誰かが先に念力花人の所へ行っていたらしい。
 これで探しに行く手間が省けたのはいいのだが、双炎は少しだけがっかりした。尤も、すぐに後で探しに行けばいいと思い直すと迷わず階段を下りた。

 …………

 そして、その少し後。
「……こんな所に隠し階段があるって事は……まさか」
 そんな嫌な予感にためらっているバドの耳が、地下から“何か”の断末魔の声を捉える。やっぱりそうなのかと思いながら、身に付けたくも無かった諦めの境地でゆっくりと踏みしめる様に階段を下り始めた。

 …………

 地下通路は暗かったので、松明を点ける。ほの暗い空間にレリーフが浮かび上がった。
「へえ……」
 感嘆の声が漏れる。所々にひびが入っているものの、地上に比べれば遥かに保存状態が良かったからだ。だが残念な事に、ざっと眺めた感じでは双炎が求める類いの情報は見当たらなかった。
 ──奥に行けばあるかなあ。
 そんな事を考えながら通路を進む。時折何かの気配を感じて振り返る事もあったが、何かのぶつかる鈍い音が聞こえる事はあるものの、とりたてて殺気を感じる様な事も無かったので気にせず先に進む。
 そうして行き当たったのは、白っぽい何かが転がっている広い部屋だった。近くに行ってみると、それは自分であふれさせた涙の水たまりの中に倒れているティーポだった。しかも何やら呟いている。
「ドゥエルは〜ん。助けに来てくれへんのやね〜。うち、さーびしー」
 …………。
 ──ドゥエルと来てたんだ……
 しかしこれまで1度も遭遇しなかった所をみると、自分とは全く違う方向を探しているのだろうかと双炎は思った。案外堅実なドゥエルの事なので、もしかするとはぐれた所からあまり動かないようにしてるか、さもなければ遺跡の入口の方へ戻っているのかもしれない。
「あ〜、さーびしーなー。中身出るー。もー、よーわからへーん」
「……ティーポ?」
 全く自分に気付く様子が無いので、双炎は自ら声を掛ける。するとティーポは勢い良く飛び起き双炎の方に突進して来たので、反射的に双炎は避けた。飛び付くつもりだったらしいティーポは勢い余ってすっ転んだが、起き上がるとしかしがっかりした様に呟いた。
「ドゥエルはんじゃなかったんやね……」
「僕じゃ不満なんだ?」
 少しだけむっとしながらにっこり笑んでみせる。ティーポはそんな双炎の様子に気付いているのかいないのか、いつもの陽気な調子に戻って答えた。
「双炎はんでも不満やないけど、やっぱりすきなひとに探してもらうほうがええやん? あたしは彼のこと、水サイバイしたいくらいに思うとんのに。あはあはあはあは」
 双炎はドゥエルがティーポの中の水に浸かって栽培されている様子を思わず想像し、つい吹き出した。湿気の篭った地下の陰鬱な空間に、2人の妙に明るい笑いが響く。
 そして笑いが収まった所で、改めて双炎は何故ここに来たのかを聞いた。
「ここにはな、おいしーいお茶っ葉が生えとんねん」
「お茶っ葉?」
 双炎の目の色が変わった。ここに来るまでに相当数の草木を採取してはいたが、茶葉にはまだ遭遇していなかったからだ。しかしティーポはそれには全く気付かず、話を続ける。
「そや。おいしいお茶にはおいしい水とおいしいお茶っ葉がかかせないやろ? せやから探しに来たんやけど、いやー迷う迷う。挙句の果てがこんな地下に来てしもーたわ〜」
「へえ〜、それで……」
 どの辺りにあるのか分からないの、と聞こうとしたが続けられなかった。耳に入ってきた羽音に振り返ったからだ。
「あ、そやそや」
 双炎の背中に向かって、思い出した様にティーポは言った。
「ここ、血ぃ吸いコーモリが出るさかい、気ィつけてーなー」
 ──今頃それを言うの?
 ツッコミたいのはやまやまだったが、羽音の元が自分に向かってきたのでそれを手刀で一閃する。そしてその間に部屋から出ていこうとしているのであろうティーポのぺったん、ぺったんという足音が響いてきた。
「ほな、無理せんよーな〜」
「あ、ちょっと待って……」
 まだ聞きたい事を聞き終わってないので呼び止めようとしたが間に合わなかった。ティーポは我関せずと言った素振りで部屋を出て行き、そして羽音の主だったコウモリが忌々しそうに呟いた。
「……中身が水の魔法生物の次は薄汚れた人間か……」
 そして姿を変え、人の形をとる。それは鳩血鬼と呼ばれる亜人の一種だった。
「平和を告げる鳩、その血だけが私の喉を潤す。まずは薄汚い人間どもから始末するとし……っ!!」
 だが鳩血鬼は最後まで喋る事が出来無かった。再び双炎の手が閃いて張り倒されたからだ。そして双炎のその手には、いつの間にか愛用の鉄扇<番>《つがい》があった。
「……折角おいしいお茶の葉のある所を聞こうと思ったのに邪魔してくれたって事は、それなりの覚悟は出来てるんだろうね?」
 双炎は非常に明るい、しかし目つきだけが絶対零度の笑みを向けた。

 …………

 薄暗い通路には何体ものモンスターが気絶していた。
 殆どが横向きに倒れていた事から察するに、どうやら横殴りに一撃食らわされたものと思われた。その手際の良さに流石は師匠と思いはしたものの、バドが通りすぎようとする度に目を覚まして襲いかかって来るのだけは勘弁して欲しかった。そうでなくとも地下にいるモンスター達は地上にいるものと比べて知力や魔力、腕力等に優れているものばかりだったので、いちいちマトモにやりあっていたら命が幾つあっても足りない。故に、魔法でフェイントを掛けてひたすら逃げる事にした。途中、ティーポの様な白い何かが紛れていた様な気もしたが、それを確認する間も惜しかった。とにかく逃げるのに必死だった。
 とはいえこのまま逃げ続ける訳にもいかない。この先に双炎がいなくても困るが、いたらいたでこの状況のまま再会したら最期、それこそあの笑顔で“自分で何とかしようね”等と言ってのけるに違いない。まず間違っても手伝ってはくれないだろう。
 バドは覚悟を決めると、再び魔法楽器を取り出した。

 …………

 松明を適当な所に置き、部屋にいたコウモリを捕まえ捌く。
 この中のどれだけがさっきの様な鳩血鬼なのかはあえて気にしない事にしていた。いい加減腹が減っていたので、空腹を満たす方が先決だったからだ。
 ──華は大丈夫かなあ。
 ふと、自分とは対照的に最凶最悪の料理の腕を持つ、双華と言う名のもう1人の自分の事を思う。その作り出す料理は最終兵器そのもので、それは双炎が料理の腕を磨き上げた理由の1つでもあった。
 しかし今、彼女はここにいない。
 それは双華が<もう1人の自分>であるが故だった。同じ世界に<自分>が2人いるのは異常な事であり、その為に世界が歪むからと、双華は本来あるべき世界へ還ったのだった。それは互いの合意の上での事であり、また自分達が一緒にいても大丈夫な方法を探す為でもあった。
 とはいえその姿を見る事が出来無い訳ではなく、時折相手が遭遇した、或いは遭遇している出来事を夢で見られた。そんな訳で同居人のバドとコロナや、瑠璃やラルク、ダナエと言った仲間達のおかげで、料理が出来無い双華であっても飢えずに済んでいるのは分かっていた。……尤も、時折1人で旅する時はやっぱり苦労している様だったが。
 だが、それとは関係無く、一緒に過ごした頃の様に、双華に自分が作った料理を食べて欲しいと無性に思う事がある。それが会心の出来だったなら尚更だ。
 ここに来るまでに採取した茸や草や葉っぱ等、そして捌いた肉をティーポの涙の水たまりで洗い、それらを串に刺し松明から取った火で炙る。いずれはティーポのあの水を使って何か料理をしたいと考えながらも、心は双華へと飛んでいた。
 ──華にも食べさせたいなあ。
 あのとろける様な笑顔で、あの華奢な体の何処にそれだけ入るのかと言う程の豪快な食べっぷりを見たかった。他の誰でも無い、双華の口から“おいしい”と言う言葉が聞きたかった。
 程よく焼けた香ばしい香りが辺りを漂い始める。それをうっとりと嗅ぎながら、もしここに双華がいたら本当においしそうに、幸せそうに食べてくれるに違いないと思った。
 ──早く会いたいなあ。
 今の所、この遺跡にも料理に関する事柄はおろか、同じ世界にいられる方法の参考になりそうな記述さえも見当たらない。そうは言っても、ここに限らず殆どの場所のまだほんの一部しか見ていないので、見落としている可能性は大いに有るのだが。
 とにかく早く会いたかった。話したい事も食べさせたい物も沢山あった。双炎の世界と双華の世界はお互いが居ない事を除けば全く同じではあるのだが、それでもやっぱり体験する事には違いが出て来る。だが本当に話したいのはそう言う事では無かった。むしろ本当に会えたらそれ程話す事は無いだろう──何故なら、双華は<もう1人の自分>なのだから。
 そんな事を思いながらひと串手に取ったのと、弟子の声が響いてきたのはほぼ同時だった。

 …………

 すっかり息は上がっていた。
 足がもつれて何度も転びそうになる。いや、実際にもう何度か転んでいた。
 それでもバドは走る。
 止まる訳にはいかなかった。これ以上モンスターに襲われる前に、何としても双炎を見つけて帰らなければならない。
 既に体力の限界を通り越していた。殆ど気力だけで動いていた。走っているのでさえ無意識の内の行動だった。
 やがて何かの焼ける香ばしい匂いがバドの鼻孔をくすぐった。バドは直感的に双炎だと思った。こんな場所で料理を始めるような人物なんぞ、双炎の他にいる訳が無かった。
 走る速度が上がる。そしてやっと辿り着いた部屋の中央で、何かを串に刺して焼いている双炎の姿が目に入って来た。
「……師匠!」

 …………

「やあ、バド。何処へ行ってたんだい?」
 息も絶え絶えに駆け込んで来た弟子に向かって、双炎はしれっと言った。するとバドは倒れ込むように床に手を付くと、号泣しながら応えた。
「師匠がいつの間にかいなくなったからこうして探してたんじゃないですかー! こっちはモンスターに襲われまくって大変だったんですよ!」
「いい修業になっただろ?」けろっとして双炎は答える。「元々実戦経験を積むためにここに来たんだから」
「そういうレベルの問題じゃないですよー!!!」
 バドはうつぶせに倒れたまま足をバタバタさせ、その手が床を叩く。どうやらもう起き上がる気力が無いらしい。
「まあいいじゃない。こうして合流出来たんだし」
 そう言って双炎は改めてひと串手に取り、バドに差し出した。
「ほら、食べる?」
「……何ですかそれは」
 バドは顔を上げるとその表情を硬直させた。そこには緑色をした肉厚の“何か”が刺さっていたからだ。
 勿論、それに答える双炎の口調はあっさりとしたものだった。
「茸だよ? 大丈夫、食べられるように調理したから」
「……ただ焼いただけのように見えるのはオレの気のせいですか?!」
「ひどいなあ、ちゃんと下ごしらえぐらいしてあるに決まってるじゃないか」
 にこにこと笑いながら双炎は答えるが、しかしそれでもバドは警戒を解かなかった。双炎が緑色の“何か”の刺さった串を更にバドへ近付けると、バドはまるで磁石が反発する様に床に這いつくばったまま後退した。それでもやっぱり双炎はにこにこ笑顔を絶やさず串を差し出しバドは脂汗をかきながら後退、と言う事を繰り返す内についにバドの足が壁に当たった。
 バドの顔が、一気に青くなった。
 双炎は、それはそれは極上の笑みを向け、言った。
「処でさ、ここっておいしいお茶の葉があるんだってね?」
「……っ、何で知ってるんですか!」
 それを聞いてバドは慌てた。これ以上歩き回らされる体力はもう残ってないからだ。しかし一瞬ではあるが双炎が驚いたように眉を上げたのを見て、バドはヤバイと思った。
 その不安は的中した。にこにこ笑っているのは変わらないのだが、しかしバドとしては最も見たくない類いのモノになった。──非常に腹黒い企みがある時の笑みに。
「……ふぅん、知ってたんだ?」
「そそそそそれはっ、師匠を探してる時にドゥエルが言ってたからでっっっ!」
「ふーん?」
 バドが嘘をつかない(と言うよりはつけない)事は分かっているので、実の所双炎にとっての問題はこの後どうするかと言う事だけだった。お茶の葉を採りに行きたいのはやまやまだが、後の楽しみにすると言うのも悪くなかった。また幾ら教育方針がスパルタとはいえこれだけ体力を消耗しているバドを連れ回すには無理がある。しかし帰るにしても休ませなければならない事も確かなので、せっかくなのでバドに選択権を与える事にした。
「あのさ、これからお茶の葉を探しに行くのと、コレを食べて今日の所は帰るのと、どっちがいい?」
「……せめて普通に帰らせてくださいっっっ」
 後に花人達が語る所によると、地下から絹を裂くような悲鳴がこだましたと言う。冷や汗と涙と鼻水を流しながらのバドの抗議が無意味だった事は言うまでも無い。
 そして、双炎はと言うと。
 ──華に会えたら、最初に何を食べさせようかなあ。
 等と考えながら歩いている間に“また”バドとはぐれ、後にやはり迷子になっていた真珠姫と一緒に街道を歩いていた所を瑠璃に発見されたとか、マイホームに帰ってみたら玄関にホウキが逆さまに突き刺されていて流石に不味いと思ったというオマケも付いたが、それはまた別の話。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがきその1?

 聖剣伝説Legend of MANAあとがきその2?

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